第6章 年の瀬、花屋の二階で
痛いような視線と見張りの気配を感じながら、牡蠣殻は早積もり出した雪をサクサクと踏み締めて、俯き加減の前傾姿勢で黙々と歩いた。伊草とどちらに見張りが付くかと思ったが、見張りは牡蠣殻を選んだようだ。伊草がヒナタと一緒だからだろうか。それとも伊草より牡蠣殻が胡乱と思われたか。
まあ。
寒さに首を縮めて、牡蠣殻はふっと白い息を吐いて笑った。
そりゃビンゴブッカーの方が胡乱に決まってますよね。
罪状が伊草を拐い出した廉と思えば皮肉なことだが、ビンゴブッカーはビンゴブッカーだ。用心されて然るべきといえる。見張りの判断は正しいのだろう。何時逃げ出すかわからないという点においても巧者たる牡蠣殻の方が怪しい。これは単に印象の問題だとも思えるが、仕方がない。
実際今の牡蠣殻は、俯きながら左右を見回し、どう見張りを盲ますか考えているのだから、見張りの判断は間違っていない訳だ。
帰り道から逸れてはいないが、決して最短の帰路ではない道を歩く。人混みは避けない。むしろ進んで人気の多いところを行く。
視線が痛い。苦笑いが浮かぶ。
…私も成長したものですねえ。
筒袖に手を潜らせて悴んだ指先を寒さから庇いつつ、牡蠣殻は感慨深く思った。
以前の私なら気付かなかった。…もっともそのお陰でこうした今がある訳ですけれども。
それにしてもよく降ると、ふと見上げたら雪がひらひらひらひら、空の色を埋め尽くすよう。牡蠣殻は足を止め、口を開けて空と雪に見入った。
「…ほおぉ…」
吐き出す息が白く上り、消える。顔に絶え間なく冷や冷やと当たる雪は大粒で柔らかい。見辛いが見飽きない。
「おいコラ」
後ろ頭を押しこくられて、牡蠣殻はよろめいた。
「往来で馬鹿みてぇに上見て立ち止まってんじゃねぇじゃん。里の皆さんに迷惑だろうが」
「…あれ?」
頭を押さえて振り向くと、予期しない相手の呆れ顔が目に入った。
「カンクロウさん」
「おう。カンクロウだよ。何だその顔はよ。文句でもあんのか」
呆気にとられている牡蠣殻にカンクロウは不興げに顎を上げた。
「あれ?おかしいな…。進歩したかと思ったのはとんだ勘違いでしたか」
牡蠣殻は額を叩いて渋い顔をした。カンクロウの顎がますます上がる。
「久し振りだってのにおかしいなはねえだろ。もっと他に言うこたねぇのかよ」
「人違いでした」
「何が」