第6章 年の瀬、花屋の二階で
「もしかしたらこの一人歩きで凄く元気になってしまうかも知れません」
振りだした雪を見上げて牡蠣殻は独り言するように呟き、またひらひらと手を振って再び歩き出した。
「あれで手前の身くらい守れんでもないから、そう気にしてやるなえ」
気掛かりな様子のヒナタの手をくいと引いて、伊草がむくつけな顔に無邪気な笑みを浮かべる。
「顔色が悪いのも体がうまく動かんのも、好転反応のうちだわいな。ここを越えれば楽になるわ」
それには決して外道薬餌に手を出さぬことが大事だ。一度逆戻りすれば全て一からやり直し、また気持ちを削りながら体を戻していかなければならなくなる。
「坊の世話をするのも牡蠣殻には良いこと。張り合いのある方が余計なことに気をとられんでいい」
薬が抜けきっても体が元の通りになるとは限らない。牡蠣殻もそれは知っている。損なった体がどこまで快復するかと考えるのは不安だろう。一平に忙しなく振り回されるのはそんな気鬱を払う為にも良いこと。行き過ぎた無理をさせぬよう伊草も助けてやれる。
「とは言え、気晴らしは大事だえな。…あれで磯辺ももの思うところのある身だよっての」
意味ありげに含み笑いする伊草にヒナタが首を傾げる。雪の中小さくなって行く牡蠣殻の後ろ姿と伊草を見比べ、寒さに赤く染まった鼻の頭を擦る。
「もの思う身?」
「そう。もの思う身」
ヒナタの頭から雪を払って首巻きを解き、それを頭にかけてはやりながら伊草は鹿爪らしい顔をした。
「ま、心配は要らんえ。安心してわちと薬事場へ行こう。この寒さに甘酒はさぞ旨かろうの。楽しみだわえ」