第6章 年の瀬、花屋の二階で
「お気遣い有り難うございます。木の葉は気質の優しい人の多い優しい里ですね。ここは本当にいい里だ」
牡蠣殻は本心から言って周りを見回した。好ましく忙しい喧騒は日々を健全に積み重ねる民が産み、その民を守る忍が任務を全うして平和を育む。木の葉が栄えた大里なのもよくわかる。いいところばかりではないのは何処とも一緒だろうが、木の葉には健やかな気質と強い意志がある。
「それだけに甘えてばかりはいられないと思うのですよ。ね?」
大体見張りが貼り付いているのだから、一人になる気遣いは要らない。その見張りを巻いたりしない限りは。
「たまには一人で歩かせて下さいな。それも良い息抜きになるのです」
「おい」
シノが隠しから出した手をもたげて牡蠣殻を指差した。
「先刻からどうした?頭か首をどうかしたのか」
おっと。
「ああ。失礼」
牡蠣殻が後頭部から手を離した。
「寝違えか?」
キバの問いにやんわり笑って、牡蠣殻は今一度頭を撫で付けた。
「今日は髷の具合いが今ひとつで落ち着きが悪いのですよ」
「天気のせいかな。こらドサッと来るぜ」
空を見上げてキバがクンクンと鼻を蠢かせる。
「降り籠められる前にサッサと帰るこったな。ヒナタ、オメーも薬事場に長居すんじゃねえぞ」
ヒナタに釘を指し、まだ物言いたげなシノを促してキバが歩き出した。
「お大事に」
通り抜け様に牡蠣殻の肩をポンと叩くキバの後を愛犬で相棒の赤丸が追う。こちらも行き掛けに牡蠣殻へワンと一声かけるのが面白い。
「まあ、息抜きも程ほどに気を付けてな」
隠しに手を突っ込んだシノが念押しして去る。
「さ、わちらも行こうかの」
ヒナタの手をとった伊草が牡蠣殻の目を見てのんびり言った。
「あまり遅うならぬように。息を抜くにも心配をかけてはいかぬえ、もし?」
牡蠣殻は左右に目を泳がせて頷いた。ちらちらと雪が降りだしている。
「勿論です。伊草さんもヒナタさんを困らせるようなことをなさらないように気を付けて下さいよ」
「あの」
手をとられて当惑しているヒナタに笑いかけ、手を振って背を向けた牡蠣殻をヒナタが呼び止める。
「本当に大丈夫ですか」
牡蠣殻は足を止めて振り向いた。
「大丈夫ですよ。本当に大丈夫なんです。心配しないで下さい」
その目が風にそよぐ柳の目のように和やかに細められた。