第6章 年の瀬、花屋の二階で
投げ槍に言って、牡蠣殻はふと頭の後ろを撫でさすった。訝しんで振り返る。視線を感じたように思った。まともな視線ではない。刺さるような痛い視線をだ。
「キバに殿を付けるというのも大概変わっている。磯はそうした倣いの里なのだろう」
「丁重な話し方は確かに里の倣いのようなものかも知れませんね」
シノに答えながら、牡蠣殻はチラリと背後に目線を流した。まだ視線を感じる。
あー…と。…あれ?
牡蠣殻は盆の窪を掻いて、伊草の背中にそっと触れた。
「一平様は波平様にお任せして、私たちは帰りましょう」
「薬事場に行ってみんのかえ?」
伊草の声音に牡蠣殻はちょっと笑った。
「行きたいんですか」
「んむ?」
伊草はしげしげと牡蠣殻を見て、笑い返した。
「…ふむ。うん、行きたいの」
「なら行って下さいな。磯の手遊びが見れますよ」
今の時期なら親が始末した乾燥させた薬草の茎を使って、年嵩の子供があやし歌を歌いながら小さな子供に人型や動物、鳥などの人形を作る様が見られる筈だ。大人は冬の薬作りをしながらそれを眺め、皆で囲炉裏にかけてトロトロと温めた生姜や柚子、蓬の風味の効いた甘酒を啜る。磯を知らない者には物珍しく趣深いだろう。
「あなたたちも暇ならば薬事場を覗いてみたら如何です?晦日のことですし、磯の甘酒が振る舞いに出ますよ」
「美味しそう」
水を向けるとヒナタだけが頷く。キバは首を振り、シノは牡蠣殻をまたマジマジと見た。
「一人で帰るのか」
「そうですよ」
「では俺が送る。今ひとつ心許なく感じて後生が悪い」
意外な申し出に牡蠣殻は目を瞬かせた。
「お気持ちだけ有り難く頂戴しますよ。一人で帰れない程の不調はありません。ご心配なく」
「心配と後生が悪いのは違うものだ。心配は他人を思う気持ちだが後生が悪いのは自分の気持ちの問題のこと。そして俺はお前を心配してはいない。何故ならば心配する程お前と親しくはないし、また心配しなければならないような動機をお前に持っていないからだ」
「要するに何かあっては気が病むので送りたいということですね」
「その通り」
「いいだろ別に。本人が大丈夫だって言ってんだからよ」
キバが面倒そうに言う。
「客舎だってすぐ近くじゃねえか。平気だろ」
「勿論平気ですよ」
牡蠣殻は盆の窪に手を当ててキバとシノを見比べた。