第6章 年の瀬、花屋の二階で
「道理を身に付けるには無理をして頂かねば、善いも悪いもお教え出来ません。ですから、無理を言うのがお子のお勤め、付き添って根気よく無理をするのが親の勤め…的なところがなきにしも非ずるんだか非ざらないんだか、もうさっぱりわからない」
「何時失せ出すとも知れん頑是無い坊に付ききり。今のお主にゃちと荷が勝ちすぎな気もするわいの」
「波平様からお言い付かりですし、私にしてみても深水先生と杏可也さんのお子の一平様のお役に立てるとあれば幸甚の至り。至りに至っちゃってますよ」
木の葉に着いて早々の波平から母代わりと心得て一平の世話に励むよう言われた。巧者の力を買われてのこと、同じ巧者になる可能性がなきにしもあらずの一平の世話は弁えていた牡蠣殻だが、母代わりには虚を突かれた。杏可也さんの代わり?そら無理ってもんだ。ちょっと色々違いすぎる。
「姉の代わりをしろと言うのではない。仮初めの母親になってくれと言っている」
波平に諭されはしたものの、牡蠣殻は自分のしていることが今ひとつわからない。これで善いのか悪いのか、正解らしい正解のない大切な役割をまるきり五里霧中の頼りない気持ちで努めている。
体に負担をかけない程度、先ずは一平の側にいてくれればいいから始まった一平の世話は、牡蠣殻が思いの外一平に気に入られたことで一気に難儀なものに化けた。そもそも負担のない子育てなんかあるのか、おい。そんなものないだろ、このアルパカ眼鏡。
「伊草さんには大層助けて頂いております。成り行きとは言え、今ここにあなたが居て下さることが本当に有り難い」
草の里で馴染みのあった伊草にも一平はよく懐いていて、伊草もまた子供好きらしく一平とよく遊ぶ。あまり子供が得意なようではない上、何だかんだと多忙で顔を見せないアルパカ眼鏡波平より、伊草の方が断トツに牡蠣殻の助けになっていた。
「わちは病んでもなければ政務に煩わされる訳でもないもの、坊と戯れるくらい何てことないわいな」
それでも伊草が気の毒そうに牡蠣殻を見るのは、ぐずったときばかりは頑なに牡蠣殻でなければならない一平をどうにも出来ないからだ。眠い疲れた、お腹が減った、泣く怒る拗ねる、そして寂しい。こういうとき、一平は牡蠣殻がいないと火の玉のように癇癪を起こす。何時巧者の業に目覚めるか知れない事情も併せ、牡蠣殻は一平の側からなかなか離れられないのだ。