第6章 年の瀬、花屋の二階で
何でそうなったのか、牡蠣殻にはさっぱりわからない。一平はあまり父親に似なかったのだなと思う。一平の父親である深水師は牡蠣殻に腹を立ててばかりだったのだから。
あれ?てことは逆によく似てるんですかね。一平様も私に怒ってばかりいる。
むずかりを真っ直ぐぶつけて来る一平の頑是無い甘えが牡蠣殻にはまだよく理解出来ない。実は内心、懐かれているのではなく噛ませ犬的なポジションに据えられているだけなのではないかと思ったりしている。
可愛くてらっしゃるのですが、些かおむずかりが過ぎるのが玉に瑕…。そこがまた愛らしくあられるのですけれども。
曇天を町の鳥が行く。
あれは白頭鳥か椋鳥か。
牡蠣殻は鳥影を目で追ううち伝書鳩の雪渡りを思い、雪渡りを思ううち鬼鮫を思った。
無意識に胸元をまさぐった手に触れるものはない。鬼鮫に貰った掛け守り代わりの鈍色の指輪は、今贈り主の元にある。
丈高く頑健な立ち姿や裡を覗かせない胡乱な目、大きな手に慇懃な語り、思いの外温かい肌の温もり。
心弛びする安寧を置き去りにしたいようにしている我の暗愚な我が儘と、地味に根気強く積み重ねるしかない成果の見え辛い勤めに体の不調も重なって、身勝手な疲れが溜め息になって出掛けるのを堪える。
これは自分で呑んで消化しなければいけない苦味だ。こういうのを自業自得という。
こうも気が沈むのは具合が悪いからだ。今までになく気怠く思うようにならない体は、半分自分のものでないかのように重苦しく煩わしい。
「牡蠣殻さん」
身内に甦った温もりと胸を塞ぐ沈んだ気持ちをぼんやり気持ちの掌で転がしていた牡蠣殻は、小さな声に名前を呼ばれたのにすぐ反応出来なかった。伊草の逞しい肘に突かれてぼんやり顔を経巡せる。
「ああ。ヒナタさん」
控え目にはにかんだ可愛らしい笑顔にぶつかって、牡蠣殻は瞬きした。
冬服を愛らしく着膨れて寒さに鼻の頭を赤くしたヒナタの両脇にキバとシノの姿がある。
「道の真ん中に突っ立って何してんだよ。アンタいっつもぼんやりしてんな。大丈夫かよ」
愛犬を傍らに遠慮杓子のないキバが八重歯を見せて腕組みした。
牡蠣殻の木の葉への逗留は療養という名目になっている。