第5章 藻裾の先行き
独り言のように憎しみが足りないと呟いたサスケの、あのときの腑に落ちたような様子が藻裾の知りたかったことの答えになった。
里や我の知らない事情への斟酌、親しんだ過去への追慕、迷いを理由に踏み込まずにいたことで、藻裾は自分を納得させることをせずにいた。憎しみに捕らわれ、我武者羅に海士仁を殺そうと衝き動くのが怖かった。退くにせよ進むにせよ、納得すれば動かずにいられない自分を知っているから。
藻裾は、海士仁を許すのも許さないのも、怖いのだ。納得して、許すことも許さないことも、怖かったのだ。
アタシは意気地無しだ。
サスケから目を反らして上唇を噛む。が、すぐに再びサスケと目をあわせて、藻裾はにっと笑った。
でもいいや。
恥ずかしいみてぇな気がするし何だか腹も立つけれど、アタシはそういう自分も嫌いじゃねえ。
「カッコ悪ィかも知んねぇし甘いのかも知んねぇけど、多分それは悪ィことじゃねぇんだよな」
まじまじ目をあわせながら急に訳の分からないことを言った藻裾にサスケが苛立たしげ表情を浮かべる。藻裾は笑いを消して真顔になった。
「…何てったらいいのか、よくわかんねぇけど」
目の前のこの年若い紅顔の少年を、痛々しいと思う。羨ましいと思う。そしてこの先が難儀だろうと、甚く思う。
「…まぁさ。何だかわかんねぇだろうけど、礼を言うよ。しつこくして悪かったね。あんがとさん」
肩のひとつも叩いてやりたいところだが、それをしては文字通り目の色を変えられてしまうだろうから、しない。
「アンタさ。何をするにも、もっと自分を大事にな?ちゃんと食ってちゃんと寝て、たまにゃ笑わねぇとさ、やりたいことをやるだけの力も湧かねぇですよ」
そのやりてぇことってのをやり遂げるのがこいつにとって善いのか悪いのかはわからねぇけど、それもアタシが簡単に分かるこっちゃねぇし、誰に決められることでもねぇんだろう。
何にしてもアタシはこいつが嫌いじゃねぇな。
藻裾はまた口の端に湧いた笑みを拭って、それでも引かない笑みを喉を鳴らして呑み込んだ。サスケが眉根を寄せて怪訝な顔をする。それが可笑しくて、やっぱりにやりと笑ってしまう。
眉と眉の間に皺が寄る奴は嫌いじゃねえんだ。昔ッからさ。
「ちゃんと達者でいろよな、色男」
「余計な世話だ」