第5章 藻裾の先行き
「お前に何がわかる」
「アタシは馬鹿で仕様もなくても、結局は海士仁を好きだったし信じてた。アイツも含めて皆でいるのが凄く好きだった」
磯に皆で居た頃の、まだ子供だった杏可也や波平や牡蠣殻や海士仁や自分。まだ生きていて、四六時中怖い顔で小言ばかり言っていた深水師。
何を考えているのかわからないのは今も昔も変わらないが、海士仁は藻裾の血の繋がった男だし、筒井筒の仲間だった。それが藻裾だけの思いであったとしても、海士仁は藻裾の懐で笑う大事な人たちの一人だった。
「だから腹が立つんだ」
藻裾はサスケの整った顔を見て首を傾げた。
「アンタは違う?」
サスケの顔を見ながら、イタチを思う。チラリと掠める程度に出会っただけのイタチは、涼やかで何処か沈んだ佇まいの綺麗な男だった。線は細いが中性的でも女性的でもなく、ただそのまま綺麗な男。目の前のこのサスケは彼に似てはいるが、あの恬淡とした雰囲気がないせいかもっと男性的に見える。浮世離れしたサスケの兄の美しさは、彼が纏う清澄な静けさ故なのかも知れない。その静けさが清濁どちらから生まれたものかはわからないが、どちらにせよ何かしら突き抜けて達観しているのだろう。
今無表情に藻裾を見返すサスケは、怒っているときより兄に近い顔をしている。本当の中身は波立ってるんだろう。でもそれを押さえているから、押さえているからこそ、底の知れない静かな顔になる。押さえ続ければ達観に辿り着いてサスケもまたイタチのようになるのだろうか。
そしてもしかしたら、自分も?内側に憎しみを囲って静かに飼い続けていれば、こんな自分もこの兄弟のようになる?
「…無理だな。キャラと顔の素材が派手にかけ離れちゃってるもんな」
そうだ。無理なんだ。
だってアタシはまだ海士仁と話してない。このもやもやしながら引き摺って来た気持ちに納得出来る材料を得ていない。
やっぱりアタシは木の葉に行かなきゃいけない。波平様に会って、牡蠣殻さんに会って、海士仁に会おう。アタシの気持ちを話そう。聞きたいことを聞こう。
改めてサスケの顔を見る。
海士仁への様々な気持ちがない交ぜになった憎しみに似た怒りが、何故燻るばかりで爆発しなかったのか。身内を、長く近しく親しんだ相手を、弑しようと思い定めたサスケの一心な様と我の違いは何なのか。