第5章 藻裾の先行き
サスケの目が険を帯びる。藻裾は構わず続けた。
「アタシはそこまでアイツに夢中にゃなれねえ。他にも大事なことがうんとあるから」
人を手にかけるのは生半なことではない。例え忍であってもそれを忘れてはいけない。
そこで終わるものの続きを、終わらせたものが紡ぐことは出来ないのだから。己の為すところに責を負うのが人としての矜持と深水師は門弟に語った。藻裾たちはその薫陶を受けて育ったのだ。忍びとしてある前に人であれと。矜持を建前として捉えてしまえば忍の在り方を重んじる他里では決して通用しないだろう、人の治癒を目的とした本草に特化した磯のルール。
元に戻せない人の命を自分の手で終わらせたいくらいの気持ちって何だ?
「磯はおめでたい里なんだろうな」
サスケが唾棄するように口角を吊り上げて笑った。
「磯のお前と木の葉の、うちはの俺とは何もかもが違いすぎる。俺の何を聞いてもお前の足しにならないだろうな。大義を持ち出して迷うようなお前の敵討ちなどあってもなくてもいい遊びみたいなもんだ。早々に諦めて忘れろ」
他の何も関係ない。これは俺とアイツだけの話だ。里も家も友も大義も、何も介入させはしない。
サスケと藻裾は話にならない程、乖離している。
「理由ひとつで動けなくなるならそれまでだ。目的を遂げることもなく逃げるように大義を蒸し返すなど話にもならない。大体お前には……………」
切れ長の目尻に皺が寄る。
「……………」
言いかけていた口を閉じ、眇めた目の焦点を遠くに置き、サスケは寸の間物思いに沈んだ。
「………お前には憎しみが足りない」
再び開いた口から、いやに静かで低い声が洩れた。自分で言っていながら、初めて気が付いたことに驚きしかし納得して達観したような、あやふやだが確信に満ちた矛盾した声音。
「憎しみが足りない」
確かめるようにもう一度繰り返された言葉は、先のように揺らがなかった。
遠くを見ていた目の視点を藻裾に戻し、サスケは微かに口角を上げた。端正な顔に浮かんだ細やかだが凄みのある微笑が藻裾の目を釘付けにする。
「…アンタは兄ちゃんが憎い?」
「その問いには何の意味もない」
「腹を立ててるだけじゃなく?」
「腹を立てる?何にだ」
「信じてたのに裏切られたことにさ」
「ふ」
息を抜くような嘲笑を吐き出し、サスケは藻裾を睨み付けた。