第5章 藻裾の先行き
「細長いのって海士仁のことか?」
「他にもあんなのがいっぱいいんの?磯には?」
「止めろ。あんなのがそんな沢山居て堪るますかってんだよ」
「どっちみち変なのばっかじゃない」
香燐が鼻を鳴らしてせせら笑った。
「牡蠣殻ってあのカキガラのことだよね?ビンゴブックに載っちゃったんだ?何か意外だね。そんな勢いがあるタイプには見えなかったけど」
「勢いねぇ…。勢いでビンゴブックに載る?そういうモン?」
「勢いで載んなら汐田なんかとっくに載ってんだろ。バッカじゃな……」
言いかけた香燐の口がパチンと閉じた。
眼鏡の奥の青い目が、興奮と萎縮で揺れる。
「あら」
香燐の目線を追った大蛇丸が、すっと剃刀で紙を薙いだ切れ目のような笑みを浮かべた。
「わざわざお出迎え?珍しいこと、サスケくん」
「…何処へ行っていた」
寄らば斬るぞと言わんばかりのぶっきらぼうに低い声が大蛇丸の笑いを含んだ問いを無視して吐き出される。
色味の悪い大蛇丸の顔を見据えるサスケの目が座っている。怒っている訳ではない。これが今の彼の常態であるだけ。
剣呑だ。
…ここまではなれねぇなぁ…。
大蛇丸と見合うサスケを見て、藻裾は内心溜め息を吐いた。
こんな四六時中追い詰まってらんねぇもん。憎しみが足んねぇんだろうね、アタシは。
サスケにも会ったら殺してやろうと思い定めた相手が在る。サスケを除いたうちはの一族殺しを全うして里を抜け、今は暁に居るサスケの憎い仇。
うちはイタチ。
イタチを思う気持ちは藻裾のそれとは較べようのない強さでサスケを殻のように堅く覆って、今の彼を形作っている。
藻裾は何度か顔を合わせそれとなく言葉を交わしもしたが、イタチは頭の冷えた賢しい男に見えた。他人を思う心のないようには見えない。
それが何故、一族殺しなどという大それた罪を犯し、尚且つ後の遺恨にならない筈のないサスケを生き残りに選んだのか。イタチの弟らしく才ある忍であるサスケを残せば、我の首が狙われるのは分かりきったことだろうに不思議でならない。
不思議でならないがしかし。
藻裾が知りたいのは、追われる者のことではない。追う身の心の内だ。
組んだ腕の袖に手を潜らせた大蛇丸が、目を細めて上から下まで、サスケを子細に眺め渡す。
「またちょっと痩せた?ちゃんと食べなきゃいざってときに役に立たないわよ」