第5章 藻裾の先行き
「ああ、まあ、そうでしょうね。今の浮輪も気の毒に」
「あの人ァ誰が親でも兄弟でもどの道手前と比べてクヨクヨすんだから、気の毒も何もありゃしませんよ」
だから牡蠣殻さんが好きなんだろ。牡蠣殻さんは誰かを誰かと比べて騒いだりしないからさ。単に人にあんまり興味がねぇだけかも知れねぇけど。でも牡蠣殻さんにゃ杏古也さんと波平様は特別だからな。
鼻摘みもんだった牡蠣殻さんとちっちゃい頃から仲良くしてたのはあの姉弟とアタシくらいのモンだったし。初めに牡蠣殻さんと仲良くなったのは癪だけどあの姉弟で、牡蠣殻さんはだからか、あのふたりにはちょっと他と態度が違う。ー特に杏古也さんには。
海士仁がこの四人に親しむのは、もう少し後、海士仁が深水の門下生になってからのことだ。杏古也の紹介で入門した海士仁は、そこで波平や牡蠣殻と親しみ、杏古也への恋情を募らせた。
その海士仁に波平は劣等感を持っていた。杏古也にも、牡蠣殻にさえも。
誰とでも自分を比べてすぐ諦める。アタシは波平様のそういうとこが大嫌いだ。
藻裾は唇を引き結んだ。優柔不断な波平は、昔から藻裾の目に腑甲斐無く情けなく映った。
それが苛立たしい。
巧者で本草に明るく、聡明で血筋も良い。磯の長に足る資質を備えながら常に己を疑っている波平は、随分我が儘で勝手だと思う。
あの人を見てりゃそりゃ海士仁じゃなくたって、磯影になれんじゃねえかと思っちまうよな。うじうじしてたら手前の値打ちがどんだけ下がるか、もっとまともに考えてみろってんだ。
「ねえちょっと」
「何だよ黙ってろよ煩えよ煩わしい。まだそこにいたのかよスイミー」
うずうずした様子で声をかけてきた水月を、藻裾はチラリとも見ずに一息で腐した。
「薪でも家でも燃やしてヨーグルトとゼリーを待ってろよ。間違ってクリームチーズやら寒天やら買って来ないようにカブトムシに釘指しとけよ?」
「寒天は兎も角クリームチーズってのはないんじゃないの?」
「わかんねえぞ、カブトムシのこったから、わざと間違えて最悪マヨネーズなんか買って来るかも知れねぇよ?そうなったらどっかの副長みてぇに呑むしかねえな、マヨネーズ」
「……あのさぁ、アンタさぁ。ちょっと話が飛躍し過ぎじゃない?何かこう、話し辛いよね、磯の人間て。アンタにしてもカキガラにしても、何だっけ、ホラ、あの細長いのにしてもさぁ…」