第5章 藻裾の先行き
香燐と藻裾が鼻に皺を寄せて水月から離れた。水月は鼻息も荒くそっぽを向いた。
「フン!何とでも言えよ!重吾のおつまみ小魚はもう食い飽きたんだよ!」
それを聞いた藻裾が気の毒そうな顔をする。
「いやぁ…オメェはカルシウム摂っとけよ。隙さえあればぐにゃぐにゃ溶けちまって、もう骨粗鬆症もサミュエル・L・ジャクソンのMr.ガラスもオメェの脱カルシウムっぷりにゃびっくりだぜ?」
「こちとらカルシウムはヨーグルトで間に合ってんだよ!」
これには香燐がせせら笑いを浮かべる。
「間に合ってないからそのザマなんだろ?春まで小魚食べてろよ、お前は」
「そうだ。小魚食ってカルシウム摂ってせめてMr.ガラスみてぇな頭になれ?」
「カルシウムと超アフロに何の関係があんだよ!?あんな手入れが大変なら目立ち方も半端ない頭になんならボクは金輪際カルシウムなんか摂らないからな!」
「ならヨーグルトはいらないのね?」
大蛇丸の一声に水月は即座に首を振った。
「岩泉ヨーグルト加糖一キロ入り一択で。アフロ大好き」
「……だせぇ」
「最低」
「うるさい!」
「三人ともうるさい!」
大蛇丸の一喝に三人の口がピタッと閉ざされた。
「私は帰ってきたばかりで疲れてるのよ。ギャーギャーピーピー騒ぐのは止めなさい」
「だから何処行ってたのさ?また何かロクでもないことして歩いてたんだろ?」
「あったかい部屋でヨーグルトやゼリーを食べてるよりは有意義なことをして来たつもりだけど?」
「はー、そりゃー有意義だ」
水月と大蛇丸を見比べて藻裾がにやにやする。それを含み笑いで見返して、大蛇丸は蛇の目の光彩を細めた。藻裾がピクッと目尻を引き攣らせる。
「あら。まだ私が怖いの?」
「………」
アンタが怖いんじゃないんスよ。思い出される光景が怖いだけ。
すぐ目の前で同郷の者を呑んで拐われた。呑まれた相手は姉とも師とも友ともつかない、そのどれにも長短のある不可思議な位置にある大切な人だ。
あのときの体が裂かれるような驚きと焦り、絶望と狂気。
目の前で大切なものが不帰のものと化す恐怖。竦んで動かない体への爆発的な怒り。
藻裾は口角を上げて目尻を拭った。
牡蠣殻は生きている。この目であの笑い顔を見た。
この大蛇丸は仇ではない。牡蠣殻を真に害した訳ではないのだから。