第5章 藻裾の先行き
「寒いって言うなよ。ますます寒くなる。中入ったってどんくらいあったかいかなんてたかが知れてるしさ。日本昔話のじいさんばあさんみたいに火の側で背中丸めてお湯啜んだろ?はー、ヤダヤダ」
「じゃ寒いって言わないでここに突っ立ってりゃいいデスよ。その方があったかいってなら止めないよ、アタシは」
「いや、止めとこうよ、それは。そんなの真に受けて放置したら凍死するぞ、そいつ」
「そいつってお前の話なんだけど?何、厭なの、凍死?」
「…それが厭じゃないって程世の中に絶望してないぞ、ボクは」
「あそ。じゃいちいちウダウダ言うなよ。あー、遅くなったから香燐が怒ってるかも知れねぇなー」
「アイツ怒ると長いんだよなー」
「まぁその場合、悪いのは全部スイミーだからな。ひとりでしっかり噛ませ犬やって下さいよ」
「何っでボクが悪いのさ!?ボクが何したってんだよ!」
「生まれてきてごめんなさい?」
「そこ!?そこまで遡って全否定!?てか今度は太宰治かよ!話し辛いんだよ、お前!」
「じゃ黙りゃいーじゃん。あー、さむさむ。風邪ひいちまうわ」
「君は風邪引かないよ」
「丈夫だからな」
「じゃなくてさ。バカは引かないんだろ、風邪?」
「風邪?じゃねえよ。バカだと思ってる相手にもの聞くんじゃないよ、バカ」
「バカにバカって呼ばれたくない」
「バカにバカって呼ばれるんだからオメェは余っ程のバカだ。どうだ?凍死したくなったかい?」
「なんねぇよ!バカ!!ぅわ…ッ」
怒鳴った水月がいきなり開いた扉に押し倒されて顔から雪に突っ込んだ。
開いた扉の隙間から赤い眼鏡の鬼の顔が覗いた。
「何時までバカな言い合いしてんだ、このポンコツコンビ!早く入れよ!うるさいんだよ!」
「やっぱり怒ってやんの。わかり易いねぇ」
ケラケラ笑った藻裾が、頭を雪に突っ込んでバタついている水月の尻を踏みつけて、扉の隙間に手をかけた。眉を逆立てて目を三角にした香燐と顔を突き合わせ、にっこりする。
「今日も赤い眼鏡が可愛いデスね、かりんとちゃん」
これを聞いた香燐の眼鏡の奥の目が、"カッ"と発光、しなかったがしたように見えた。更に怒りを煽られたのが一目瞭然。火に油を注ぐを地で行く情景が展開した。
「誰がかりんとちゃんか!か、かかか、かりんとちゃん!?」
「水月がかりんと香燐って。水月が」
