第4章 牡蠣殻磯辺
「一体何だってビンゴブックに載るような真似をした。大体磯と草は相克の仲だ。何もわざわざ跡目争いに係あって痛い目を見る必要はなかろうが」
自来也の言葉に牡蠣殻はまた目を泳がせ、綱手はふむと鼻を鳴らした。
「伊草とかいったか。為蛍の弟は。草の渉外を引き受けるなかなかのやり手と聞く。うちの里も関わりがないではない」
綱手は鼻の頭をつるりと指先で撫でて、その指をそのまま牡蠣殻の額に突き付けた。
「正直お前よりそっちの方が厄介だ。面倒を持ち込んだと言って謝るのなら成る程間違いはない」
桜色の指先がピンと牡蠣殻の額を弾く。
「だからと言ってお前を責めるのではない。責めを負うべきは波平だ」
「そうだ。お前もよろしかないがそれより浮輪が悪い」
自来也が尻馬に乗ってこくこく頷く。
「ぜーんぶみんな浮輪のせいだ」
「うちの磯影に個人的な恨みでもおありですか」
牡蠣殻が不思議そうに自来也を見、綱手を見た。
「ああ、浮輪は浮輪でも波平じゃなく、父親の破波の方にちょっとな」
ふんとそっぽを向いた自来也に代わって綱手が答える。
「先代が何か?」
尚もふたりを見比べながら牡蠣殻が訝った。
「焼餅だ、焼餅」
綱手が面倒そうに手を振った。眉間の皺が面倒臭いと言っている。
「と言うと?」
面倒なところ申し訳ないが、破波が関わっていると聞けば否応なしに興味が湧く。人好きした先代のことだからおおよその見当はつかないでもない。破波は男にモテたがそれ以上に女にモテた。人が好きだったが、殊に女性が好きだった。
「あー、まぁ、色々、あちこち?」
今目の前で首を傾げる綺麗な綱手は、昔から綺麗だったろう。気が強くて純なところも変わりないのだろう。負けん気が強そうで破波同様人好きしそうな自来也は、矢張り破波同様女性が好きなのだろう。そしてこれもまた、若い頃から変わりなさそうに思える。
多分このふたり、女の趣味も似ているに違いない。
「あちこち?そんなにあちこち?」
そこまで推測しておいてそれでも人悪く重ねて尋ねる牡蠣殻に、自来也が眉を上げた。
「何があちこちじゃ。あっちもこっちもないわい。焼餅なんか妬いとらん。虫が好かんだけじゃ」
「…虫が好かない…」
口を尖らせて抗議する自来也を牡蠣殻は読み物でも読むような目で凝視した。