第4章 牡蠣殻磯辺
「いっそ一平様連れて干柿さんとこに行っちゃいますか」
半笑いで独り言したらば、室の扉がドバンと勢いよく開けられた。
「わあ!何だ何だ!?」
あまりの勢いに驚いて羽ばたいた雪渡りを宥めつつ、荒々しく室に顔を出した相手を見て牡蠣殻は目を瞬かせた。
「お前、ワシを謀ったな!誰が汐田藻裾だ、この馬鹿たれ!」
いきなり叱られて、牡蠣殻の瞬きが速度を増す。
戸口に、見覚えのある男が踏ん張っている。確か木の葉に来た際、ラーメンが好きな弟子と一緒に宿を世話してくれた男だ。
「……あー…と。これはこれは、その節は大変お世話になりました。………未来屋さん…?」
「誰が本屋か!ワシャ自来也じゃ!」
「地雷屋?酷い名前ですねえ。お労しい」
「自来也!自ずから来る也!」
「あは。コロ助みたいなり」
「コ…コロ助?」
「お可愛くていらっしゃいますよ」
「可愛い?…あら。そう?」
「止めんか馬鹿者」
ツカツカと室に入って来て自来也の耳を力任せに抓り上げた綱手が、牡蠣殻に笑いかけた。
「粗忽者ですまんな。これでも危うく火影になりかけた男だ。許してやってくれ」
「いやいやいや、許すどころか感謝して貰うとこじゃねぇのか?ワシャ行き倒れとったコイツを木の葉まで運んでやったんじゃぜ?」
「ええ、その節は大変お世話になりました。有り難うございます、地雷屋さん」
「自来也!自来也だっつってんじゃろが、おい綱手、紙と筆…ッぃでででででッ、は、鼻をつまむな!イダイ!!」
「お前の名前はどうでもいいんだ。全く何なんだ、大人げない」
呆れた綱手に自来也は頬を膨らませた。いよいよ大人げない。
「おい牡蠣殻。ワシを見て何か思わんか?思い出すことはないか?」
不意に自来也に言われて牡蠣殻は眉根を寄せた。
「?どうでしょう。取り立てて何も思い出しませんし、全く何も思いません」
「言い方よ」
「お気を悪くなされたのならすいませんが、そう仰られてもさっぱり…」
「ワシはお前のガキんときを知ってる。磯の深水のところにいたろう?堅物の倅の影に隠れてわしを見とった」
言い聞かせるように、自来也は牡蠣殻の目を見てゆっくり言う。
「人見知りかと思っとったが、人に名前を謀るような育ち方をして」
「はあ…」
てんで暖簾に腕押し状態の牡蠣殻に自来也が眉を跳ね上げた。