第4章 牡蠣殻磯辺
聞き慣れていた懐かしい音で目が覚めた。
デグボボー
デグボボー
「…木偶か?」
浮腫んで半眼になった目を虚ろに動かし、窓辺と思わしき明かりを見やる。
デグボボー
木偶の坊にしては鳴き方がお粗末だ。あれはもっとはっきり名乗りを上げる。デグボッボウと鳴く。
逆行の中の小さな黒い鳥の影が、目が慣れるにつれ次第に色調を帯びる。
白い。
「…雪渡り…」
浮腫んだ瞼を開けているのが億劫になって目を瞑る。
「…久し振りだな…」
今一度目を開けて寝台の上に起き上がる。
手を伸ばせば届く窓を開けると、鳩特有の少し重めの羽音がした。
「いいコにしてたか、雪渡り?」
窓を開けた腕に飛び乗った白い鳩に話し掛け、笑う。
「いや、ごめんごめん。いいコにしてたからちゃんと伝書しているんだよな。ありがとう、雪渡り」
足に括られた通信筒を外して、小さな頭を指先で撫でる。
通信筒の中身は、見覚えのある神経質そうで端正な字。
「干柿さん」
黒い墨跡をなぞって呟く。
書き付けられた内容は扱く簡潔。
ー雪中花は心配無用。無為に探さぬようー
胸元を探ると、慣れた違和感がない。ゴツゴツと当たって痛むあの指輪は、今干柿鬼鮫のところにあるのだろう。
「………」
引っ掛かる。
ただで人の大事なものを返すサソリだろうか。
眉根を寄せて、首元から雪中花を外したであろう人物のことを考え、牡蠣殻は首を傾げた。大体あれだけ人を脅しておいて、よくもあっさり放免してくれたものだ。あのサソリが。
何か取り引きがあったのだろうと牡蠣殻はますます眉間の皺を深める。
思い当たるものがないでもない。サソリが欲しがっていたのは牡蠣殻の血の効用、そしてその情報だ。
だとすれば深水の書き付けに勝るものは、今のところない。草で牡蠣殻を診、師に次ぐ長さで牡蠣殻の血を調べてきた海女士が新たに何かを書き起こしてでもいない限りは。
だがその書き付けを持っているのは干柿鬼鮫ではない。磯影の名を冠した磯の長、浮輪波平の筈。
事実散開の際、波平は牡蠣殻にその書き付けを託そうとした。牡蠣殻はそれを受け取ることを拒んだけれども。
「…波平様が、サソリさんに、あれを渡した?」
確かめるように呟き、牡蠣殻は雪渡りを撫でながら沈思した。