第4章 牡蠣殻磯辺
カカシは腰の隠しから手を出し、笑顔で居住まいを正した。
「失礼しました」
「何の。しかしほれ、年寄りはときに妬み深いものでの。年若いのは羨ましいことだなえ、もし」
「またまた。そんなお年じゃないデショ、伊草さん」
「いやぁ。わちなぞもうよいよいの爺だか婆だか、若い者に手をとって貰わんことには歩くのも覚束ないえ?」
にこにことカカシの肩に手を置いた伊草が、ふとその耳に口を寄せた。近付くと伊草はカカシより尚大きい。
「サクモによう似よる。矢張り親子よの、写輪眼のカカシ」
身を引き掛けたカカシは、伊草が耳に吹き込んだ言葉に動きを止めた。額当ての下、ひとつだけ覗いた目が伊草を見改める。
「親父の知り合いでしたか」
「わちの年頃で知らんモンがあるかいな。息子に負けぬ名高さでの。ちと怖げだったが、いい男。わちは好き」
伊草は素知らぬ振りでまた朝市の方を見やって物欲しげな顔をした。余程覗いてみたいらしい。
「賑やかで楽しげな。わちらの里には市は立たぬで、羨ましげなことぞな、もし」
「…木の葉に何しに来たんです?アンタ草の継承権を持った要人の筈だ。何故牡蠣殻と連んで木の葉に顔を出す?」
シカマルを慮って低く殺した声で尋ねるカカシに、伊草は頓着なく大きな地声で答える。
「わちは今のところ、何者でもないのえ。元の立場は棄てて来たでなぁ。今は誰でもないわいのぉ。牡蠣殻と一緒、一緒じゃえ」
「…何だよ?知り合いか?」
シカマルに突付かれて伊草は身をくねらせた。
「いやぁ。こちらさんとは知り合いじゃあないわなぁ。ふふふ。これ、わちゃ腋が弱いんじゃえ。突かんでよ」
「…あ、そう。悪かったスね」
「なーに、構わんわいな。幾ら触っても」
「いや、触んねえから。ホント絶対触んねえから」
「遠慮して」
「してねえ。行くぞ」
「急くなら手を引いてたも」
「いや、触んねえから。さっき言ったろ」
「イケズだの。久し振りに若い男の手を握りたい…」
「触んねえって」
「………。ああッ、腰が、腰が痛んで歩けんえ!誰か手を貸してくれんかのう!もしィ!?」
「……わかったよ。メンドくせーな…」
「ふほッ、シカマルは優しいの!やれ嬉しや」
「わかった。わかったから腕を組むな!それ違うだろ!?」
「違わん違わん。この方が腰も楽なんえ?」