第4章 牡蠣殻磯辺
「この際失礼を承知で聞いちゃいますけどね、先輩」
カカシは前髪を掻き上げてそのままガシガシと頭をかき、心持ち俯いた。それをぼんやりと見やった波平が、眼鏡のツルをついと持ち上げる。
「何でも言ってくれ、後輩」
「…波平さんって結果オーライのおめでたい人だったっけ?」
「磯は用心深い里だぞ」
「磯じゃなくアナタの話。大丈夫なの?」
「多分」
「…多分って…」
「心配するな」
寝付いてしまった一平を抱き直して、波平は窓から表を眺めた。山肌に朝日が当たって、歴代の火影の顔岩が深い陰影を刻んで浮かび上がっている。
「私だって磯影だ。ふざけてばかりいられない」
波平は一見真面目に何か考えていそうに見える顔に、いつもの取り留めない表情を浮かべて立ち上がった。
「逃げてばかりもいられないしなあ」
「………」
磯は逃げ隠れの里だ。それを知っていれば波平のこの言葉は随分と意味深になる。
カカシは目を細めて波平を見た。
「定住する気になった?」
「定住すれば逃げていない事になる?」
「さあ。どうでしょうね」
「ならないだろう。定住するのは磯の進捗の大きな一端を担っても本質じゃない。そういう事では、多分ないんだ」
「いきなり暗部に関わるのは逃げない事の手始めにしちゃ随分乱暴じゃないかと思うけど?」
「厄介事は向こうから来る前に迎えに行ってしまった方がいい」
トンビを捌いて波平は顔岩の見える窓に背を向けた。
「厄介なのはダンゾウ殿だけだと思っていいのかな?」
不意に低く問われてカカシは口角を上げた。
「それに関しちゃ先に釘を刺しに来たでしょ、波平さん」
「釘になっているなら何より。予防線に過ぎないだろうと思ったが、何でもやってみるものだな」
「また結果オーライって訳?真面目に聞いて馬鹿を見たな」
「どう転んでもいいと思っていた訳ではない。それにしても情に厚いアスマは兎も角、お前の良心にまでしっかり届いていたとは望外の成果だな」
「可愛い後輩を人でなしみたいに言わないで欲しいなあ」
「可愛いばかりの後輩ならあんな頼み事をする必要もないだろう」
カカシと波平の視線が絡む。
「胡乱な顔をするな。何時までも木の葉に居座るつもりはない」
波平が両手を上げて目を逸らした。
「居座れないのが磯だ。安心しろ」