第4章 牡蠣殻磯辺
「どうした!またぼんやりしてるぞ!痛いのか!?辛いのか!?苦しいのか!?」
ひいィい…
肩を掴んで揺すぶられ、内心悲鳴が上がる。怖い怖い。この人はどうもいきなり距離感がおかしい。さ…さ、さ…
「触らないで下さい」
ガクガク揺らさぶられつつ我ながら情けない蚊の鳴くような声で言うと、物凄く顔を覗き込まれた。近い近い近い。止め止め止め!
「触られると痛いのか!?」
「痛かろうが痛くなかろうが無闇に他人に触るモンじゃありません」
「痛くないんだな!?」
「触られたくらいで痛くなりはしませんが」
「そうか!良かったな!」
「…いや…、良いとか悪いとかじゃなく…」
何だこの話の流れの明後日方面加減は。気が遠くなりかける。
この人怖い。
「安心しろ、ここは安全だ!」
…おお。安全なのか。
あまり比重のない概念だ。何時でも逃げ出せる功者の身の上では。
安全云々よりむしろ今この瞬間あなたから離れたい。砂のカンクロウに感じたものとはまた違う苦手意識が思考いっぱいに拡がる。
「ちゃんと癒えるからな!心配要らない!」
あわわわわ…
こ…この人ヤだ…
「涎なんか気にするな!」
…涎?
口元に手を当て、脱力する。
確かに垂れている。垂れているが今の今まで気付きもしていなかった事を指摘して来るこの凧に更に脱力する。
「汗も涎も青春の勲章だ。頑張れ、磯辺!」
………。
何で私の名を、なんてもうどうでもいい。
全然方向性が違うが、このズカズカした踏み込み方に既視感を感じた。いきなり部屋へ訪いを入れて、そこから私の中に居座り続ける丈高く慇懃無礼な異相の男が思われる。
里外には色んな人がいる。知ってはいたけれど、実際関わると戸惑ってしまう。
干柿鬼鮫と会えたのは文字通り僥倖、お陰で望外な幸せを知ることが出来た。親しみたい相手と身近く親しむ幸せ。合わせた肌を感じ合う幸せ。何心無い言い合い無言で居る心地良さ、希求しあっている確信から生まれるこの上ない安心感。
それもこれも、磯の里の外に出たからこそ得られたものだ。
でもだからって、何だ、この人。
バチか?バチが当たってるのか?
好きにふらふらして人に迷惑をかけた事のバチが今ここに?
干柿鬼鮫と初めて会ったときもこう思った。でもそれとは違う。厭な人じゃないのに厭な感じがする。