第1章 薬事場の三人
面識がないのに名前を呼び付けられる。これも覚えのある事のような気がした。さっぱり訳が分からないが、またカレーを連想する。
「私…、私、…いきなりごめんなさい。あの、散歩の途中で、つい…」
?
散歩の途中でつい牡蠣殻磯辺に会ってしまった?何だソレは。
にこにこっと笑いながら、牡蠣殻は内心崩折れた。
マズい。この人が何を言ってるんだか、さっぱりわからない…。
牡蠣殻の内心が少なからず伝わったのか、少女があわあわと両手を組んだり放したりしながら必死で説明し始めた。
「ちょっとシカマルくんみたいな目付きの悪い…じゃなくて、…目付きの…悪い…て事じゃなくて!ごめんなさい!…兎に角あの、髷の人が来るかもって聞いて、その人は磯の人だったからって、…私、薬事場の人と、仲良くして貰ってるから…気になって…」
気に掛かる点はあるものの、そこは一先ず聞き流した牡蠣殻が芯からの笑顔で頷いた。
「ああ、成る程。それは有り難い事です。同郷の者と誼を結んで下さってありがとうございます」
「あ、いえ、こちらこそ…薬事場の人たちにはよくして貰って…」
「異郷に身を落ち着けるのは容易な事ではありません。あなたのように受け入れてくださる方が在れば、皆さぞ心強い事と思います」
が。
「…あの、失礼ですが、どちら様でしょうか」
「あ、私、日向…」
「ヒナタ様」
遮りつつ接ぎ穂を拾う声が割り込んで、その出先を見た牡蠣殻はポンと手を打った。
「姿が見えないので皆が心配している。何で朝から薬事場になど…」
言い募りながら少女へ歩み寄る少年に、牡蠣殻が破顔した。
「ああ、そうでしたか!日向ネジ」
「…何だお前は…」
眉と眉が繋がりそうな程顔を顰めた少年が少女を庇うような位置に立って牡蠣殻を睨みつけた。が、牡蠣殻の顔を改めて見止め、呆気にとられる。
「牡蠣殻磯辺」
「ははは、全然変わりませんね。チーム殺人カレー」
朗らかに笑った牡蠣殻にネジは目を眇めた。
「何故お前が木の葉に」
「それがまだよくわからないのですよ」
牡蠣殻は肩を竦めて袷の懐に手を潜らせた。また咳が出る。寒い。悪寒がした。
「如何に失敬なあなたであろうと、知った顔に会うのは嬉しい事ですね。こちらはあなたのご血縁の方ですか?」
「ヒナタ様は俺のイトコだ」
「ああ」