第2章 砂
…どうだか…。
内心眉を顰め、波平は頭を下げた。
「お手柔らかに」
風が湧く。この季節には肌寒い涼やかな風。
「早晩改めて参じますが、今朝のところはこれにて失礼致します。…海士仁をよろしくお頼み申します」
言いながら波平はカンクロウに目を走らせた。
腕の中で目を覚ました一平がきゃっきゃと笑い声を上げ、風を掴もうとするかのように小さな手を振り回している。
「磯辺の心配は今のところ無用です。ですが、心もとなくなったらば、また手を貸して頂ければ有り難い」
「はあ。また随分勝手な事言うじゃん?」
「有り難いと言っただけで、必ずしも手を貸せとは言いませんよ」
湧いた風が巻き上がる。トンビが大きく翻って波平と一平の姿を隠した。
「ご隠居。何を企んでおられるのか知りませんが、隠し事は程々に。砂影に叱られますよ」
「磯影」
風の渦の芯で一平と共に失せかけている波平に我愛羅が声をかけた。
「…汐田は息災か?」
カンクロウが片目を細めて我愛羅を見た。風が一時凪ぐ。
「ご自分でお確かめ下さい。アレもそろそろ動き出すでしょう。磯辺が磯に帰ると聞けば、賑やかしが好きなアレが顔を出さずにいるとは思えませんから」
一気に風が強まって、巻いた。磯の男と草の赤子が消える。
「だとよ。またうるせぇのが付き纏って来んじゃん?」
「煩い?汐田が?」
「うるせぇだろ?」
「汐田が賑やかなのは嫌いではない」
「…何笑ってんの。まさかちょっと楽しみな訳?あの化け物みたような汐田に会うのが?おいおいおいおい、勘弁しろじゃん」
「被害を被るのは大概カンクロウじゃもんな」
鉄瓶を火にかけたエビゾウが頷きながら言う。
「そうゆう星廻りじゃもんな、カンクロウは」
茶道具を揃えながらチヨバアが相槌する。
本当に一平が居るのを気遣ってお茶を控えていたらしい。
カンクロウと我愛羅の視線に気付いてチヨバアは口角を下げた。
「…湯気がな」
撚りの細い茶葉を急須に計って、ムッツリと言う。
「幼い子には湯気の動くのが面白いらしくてな。興味を持って触りたがるで危ないんじゃ。頑是ないモンに火傷でもさせたらかなわんじゃろ」
……サソリか…。
カンクロウは黙ってチヨバアに並んで湯呑みを反し、卓に並べた。