第2章 砂
「利があると思っているのだな」
「あるでしょう。だから無理を推している」
「荒浜と牡蠣殻にはチヨバアたちの役に立って貰う。磯と草の知識はチヨバアの推す医療忍術の助けになるだろう。牡蠣殻に関しては僅かながらも俺自身と重ねて思うところがある。心安く過ごす場を提供するに吝かでないのは最前から変わらない」
「私は私の思惑があってこの様な仕儀に出たのです。荒浜は兎も角、牡蠣殻と一平を砂に囲って貰われては困る。これは荒浜の意思でもあります。一平を磯で育てる事、牡蠣殻がそれを助ける事」
「一平を功者にしたいのだろう」
「荒浜が言いましたか」
「功者とは確かに便利の良いものだ。功者があれば助かる事も多いだろう」
我愛羅は素直な感心を込めて言い、それから眉を顰めた。
「しかし功者である事が一平にとっていいものかどうかはわからない。それだけがこの赤子の最善ではないのではないか」
「そうもありましょうが如何せん一平はまだ赤子。己が意志を持たず、思うことを他に伝えるのもままならぬ状況です。であれば、先ず親の思うところを踏ませ、先を見据え易く道を敷くのも悪い事ではないでしょう。これに敵う次善の策があなたにはおありですか、砂影殿」
チラと時間に気が逸れる。
予想外の事を言い出されて調子が狂った。先に木の葉へ向かった牡蠣殻が気になる。ややこしい事になっていなければいいが。
「私にしても一平は甥、親しい血縁の身…」
言いかけて波平は言葉を呑んだ。
確か我愛羅は一平の母、波平の姉である杏可也を慕っていた筈。杏可也は我愛羅の叔父に嫁ぎ、死に別れた後磯に戻って波平を助けて生まれ里を治世したが、砂に暮らした時期がある。
姉と子だから?だから拘るか?
そういう性には見えないが人の心は思案の外。他人の真意を推し測れはしないのだから、どんな可能性もなくはない。波平は内心溜め息を吐いた。
「荒浜はお任せしましょう。一切の関わりを断つ事は出来かねますが、彼が私の治外であるのも間違いない。しかし出来れば…出来れば無体なやりようで彼の進退を狭める事のないようにお願いしたい。荒浜の仕出かした事に言い訳の仕様はありませんが、彼にはまだ出来る事が多くある。そこへ気持ちが動き始めた矢先に良心の芽を摘まれるのは、同門の徒として志を同じくした我が身にはやり切れない…」