第9章 年始ー長丁場ー
「おめぇの腹のことだから心配してんだ。わかんねぇ奴だな」
「わからないのはお前だ。他人の腹の心配は要らない。自分の腹だけ心配してりゃいい」
「俺の腹には不安要素が一切ねぇからお前の腹を心配する余裕があんだよ」
「わからないぞ。人生一寸先は闇だ。何が起こるかわからない」
「何かが起こりそうなことをしてるときは案外わかり易いことが起こるもんだ。だからおめぇが腹を壊しても俺は驚かないって話だ」
「くどい。大体失礼だぞ。腹を壊す腹を壊すと一体何度言うつもりだ。暗示にかけるつもりか。その手には乗らないぞ」
奈良家の居間で、シカマルとテマリ、文通仲間の二人が林檎を積んだ籠を挟んで半ばじゃれるように言い合っている。
顔を合わせるのは久し振りの二人だが、元から気性の似た者同士なので話し易く、互いに大人びた節があるのではにかむようなこともない。
シカマルの両親は年越し前の用足しとやらで留守だ。仕事納めと聞いたが、父親の仕事は二三日前に無事済んだ筈なのに、何かやり残しがあったのだろうか。呑気に見えて律儀な父親には珍しいことだし、差し入れを持って父親について行く母親の姿も初めて見た。仕事納めと言って職場で年越しでもする気だろうか。
「そうだな。是非乗らねぇでくれ。俺としてもその方が有り難い」
テマリの額を指で弾いて、シカマルは眉根を寄せて口辺を上げた。皮肉げな笑い顔だがこういうときのシカマルは男振りが上がる。これが如何にもシカマルらしい表情だからだろうか。
テマリはシカマルを真似て眉根を寄せ、口辺を上げた。
ちょっと浮かれているのが自分でもわかる。久し振りに顔を合わせたシカマルと直に言葉を交わすのが妙に楽しくて仕方がない。
思わず知らず、シカマルの方へ身を乗り出す。
「林檎をこんなに食べたのは」
「何だよ」
不意を突かれて面食らった様子で僅かに身を引いたシカマルの襟首を捕まえて、テマリはにやりと笑った。
「お前のお母様がすすめてくれたからだよ」
「すすめられたからって遠慮なく食い過ぎだ」
「お前の丹精した林檎だと聞いたし」
「親父も丹精したぞ」
「そう聞くとますます食わなくちゃって気になるな」
「止めろ。意味が分かんねぇ。兎に角残りは俺が食う。よこせ」
襟首を掴んだテマリの手を解いて食べかけの林檎を奪うと、シカマルはますます眉間の皺を深めた。