第8章 年納め
「華やかなものが着たい者は自分で華やかなものを誂えていますよ。お構い無く」
「ほぉん。して、その地味な晴れ着は磯辺も着るのかえ?」
牡蠣殻磯辺はほぼ着た切り雀だ。
下着の替えこそ複数枚あるものの、後は徳利首の替えが一枚あるのみ。袷や脚衣は天気の良いときや夜間に洗い乾くのを待ってまた身に付け、替えを持たない。その牡蠣殻が何時もと違う衣装を纏うとなれば些か気が引かれるのだろう。興味津々の伊草に問われて波平は首を傾げた。
「どうでしょう。私としては着て貰いたいものですが」
波平にしてみても思えば晴れ着を着た牡蠣殻を見た覚えがない。
「たまには目先の違う格好をした磯辺を見てみたいわいな」
着道楽な伊草からすれば着た切り雀の牡蠣殻は物足りないにも程があるのだろう。寄りかかる一平と何事か睦まじく語り合うヒナタを見やり、伊草は溜め息を吐いた。
「磯辺もあの嬢と同じ女子だえ?」
「まあ生物学的には同じでありましょうね」
「…お主ゃほんとに磯辺を好いてあるのか?惨いのぉ」
「惨いのはそういう無体な比較をなさるあなたの方じゃないかと思いますよ」
「惨いのぉ」
「兎に角」
話を切り上げて波平はのし掛かったままの伊草を押し返して、眼鏡を直した。
「磯辺が晴れ着を着るかどうかなんてことは私にはわかりかねます。着たければ着るでしょうし着たくなければ着ないでしょう」
「まぁそりゃそうじゃろな」
「磯辺は先に客舎へ戻っている筈ですね」
「そう言っとった」
「ではあなたも客舎へ行かれては如何です」
「ほ。一緒に行かんのかえ?」
「私はここで年を越す気で五代目にもそう断っております」
「ほんならわちもここで年を越そうかのぅ」
「…何で?」
「え?何でってそりゃ、楽しそうじゃから」
甘酒と小餅に物欲しげな目をくれて、伊草は邪気なくにこにこした。
「どうせ磯辺も呼ぶんじゃろ?」
「呼びますが来るかどうかはわかりません」
「何の、わちが連れて来るえ?晴れ着を着せてやりたくもあるしの」
「だから着るかどうかもわからないと…」
「黙らっしゃい!」
伊草に大喝されて波平は首を竦めた。
磯の子らの歌が止んで室がしんとなり、ヒナタは目を見張り、一平が何故か喜んできゃっきゃっと手を打つ。
そんな周りの様子に委細構わず、伊草は厳つい眉を跳ね上げてキッとした。