第8章 年納め
「そらいい考えじゃ!久方振りに華やかな女衣装を纏いたい!是非お主からも口添えしてくれんかいな、のう!?」
「え…?私が口添えするんですか?…厭ですよ…」
伊草が目の色を変えて飛び付いてきたせいで、かけ直した眼鏡が盛大にずれた。
「ならせめて磯の晴れ着を着せてくれろ」
鼻息も荒い伊草の、諦め悪い提案を波平は真顔で一刀両断する。
「お断りします」
「何で!?ちぃとくらいよかろうに…!」
「ちょっとでも沢山でも駄目なものは駄目です。先程の樟もたったあれだけで盛大な害を成したでしょう。少量でも毒は毒」
「わちの晴れ着姿は毒ということ?」
「草に鏡はございますか。もしくは木の葉で鏡をご覧になったことは?」
「鏡は好きじゃもの。毎日何度も覗くわえ、わち」
「ならば私が改めて物申して事を荒げる必要もありますまいよ」
「どういうこと?」
きょとんとした伊草に脱力した波平が床に手を着く。
「…自覚がないだと…?」
「あん?」
「…これはちょっとややこしい…。この話はまた日を改めてということにしましょう。そのうち何時かもしかして気が向いたら、わかって頂けるまで膝付き合わせてご説明致しますよ。色々云々と」
「あ、そ。で、結局わちは晴れ着を着れるのか着れないのか…」
「着れません。少なくとも磯の晴れ着を着ることは金輪際ありません」
「そう言われるとますます着とうなるこの心持ち…」
「除夜の鐘が鳴り終えるまでに悩ましい煩悩は気持ち良く落として良い新年をお迎え下さい」
「除夜の鐘なら草でも鳴っとるが、この癖が落ちた試しはないわいな。それだもんで今のわちがあるんじゃもの」
「草の鐘…」
「除夜の鐘で落ちんのじゃから、煩悩とは違うんじゃとわちは思うの。もっと違う清いものなんじゃろな、わちのこの癖は」
溌剌と言い放った伊草に波平がまた床へ手を着く。
「伊草さん。私たちの晴れ着はあなたが思うような華やかなものではありませんよ。磯らしく至って地味なものです」
「何だえ、詰まらんの。だから磯は染みッ垂れと言われるんだえ」
「草じゃそんな話をしてるんですか。磯のことはほっといて下さいよ」
「晴れ着くらいパァッと気持ちが揚がるような華やかなモンにしたらいいのに…」