第8章 年納め
元を同じくする二里だが今の草と磯はまるで違う。
文字通り応病与薬の理念から暮らし振り、気質も食い違えば挙げ句貧富に大差がある。それは互いに求めるところが違うからで、それで袂を分かった仲だからこそ磯は草を禁忌に封じて関わらないと決めた。
「冗談じゃない」
もう一度、独り言するように言って、波平は一平を見た。
姉杏可也と、恩師深水の息子。
先ほど。
伊草とヒナタはどうだか知らないが、波平は一平が結局一言も謝りの言葉を口にしなかったのに気付いていた。伊草の痛みを腹に収めて消す可愛らしい振る舞いで、幼い一平が覚えるべき後悔や謝意は有耶無耶になった。
…杏可也に似ている。
謝らないこと、立ち回りが上手いこと、物怖じしないこと、人好きすること。
幼い頃から被り続けた、杏可也の要領の良さゆえに押し付けられて来た割りに合わない幅寄せが思い返される。杏可也が猫被りのせいで、波平しか知らない数々の苦労。
かてて加えて父親である深水を思わせる、癇癪玉を破裂させるときの鬼のような形相と馬鹿でかい声。
ひしひしと厭な予感がする。
今の草を動かしているのは恐らくは杏可也だ。波平が苦手な、外面良く頭の回転の良い強かな姉。
その姉の息子を囲い込んでいるという事の厄介さに、改めて懸念が抱かずにいられない。
ヒナタに寄りかかっていた一平が、ふと首をもたげた。何かを探すように辺りを見回し、波平の視線に気付いてにっこり笑う。
「………」
大層可愛らしい笑顔だ。尊い。
波平は眼鏡を取って瞼を押さえた。
「…冗談じゃない」
三度呟いた波平の肩に伊草の手がポンとのった。
「間もなく年明けだえ?難しい話は置いといて、景気悪い顔をしとったら験が悪いわい、の。笑って福を呼ばにゃならんぞな、もし」
何を勝手な…。諸悪の幾分かを持ってきた身の上で何を言う。
波平は遠慮なく眉を顰めて伊草の手の下から肩を引いた。
「年越しはここで迎えるんじゃろ?」
波平の苛立ちをよそに伊草はのんびり寛いだ様子で笑った。
「他里の年越しは初めてだよって、楽しみじゃわいな」
「晴れ着でも着せて貰えば良いですよ」
そして何処かに閉じ込められればいい。
投げ槍に言ったらば、これが予想外に伊草を喜ばせた。