第8章 年納め
衆目一致で昼行灯と呼ばれる波平の胡乱な目を、伊草は見て見ぬふりで流した。
「そこは海士仁に言うて貰わんと。ありゃ砂で世話になっておるんじゃろ?どうしとる?」
「知りませんよ。砂へ行っても顔をあわせることもありませんから」
「何じゃ、冷たいの」
「会えないのですよ。何やら調べごとに没頭している様子で」
「ああ、そりゃ会えんわいな。そうなったらありゃ梃子でも動かんもん」
「草でもそうでしたか」
「何処でもそうじゃろ、海士仁はの」
「…姉、長老連にしろ海士仁にしろ、一時は磯辺まで、よく草で受け入れられたものですね。思いがけないことですが、草は磯へ些か鬱屈した感情を抱いているように見受けます」
「鬱屈は言い過ぎだえ」
「磯では草に触れぬことになっています。見ぬもの清し。知らぬが花」
「そっちの方がよっぽど鬱屈しとろうが」
「喧嘩別れの成り立ちは勿論、今もそれだけのことがあるからそうなっているのです」
外道薬餌の話だろう。
伊草は聞かぬ顔でまたも流した。
「杏可也と長老連は前々から草と通じとったし、海士仁と磯辺もその流れで受け入れられるのに抵抗はなかったんじゃな。磯辺は芙蓉の後押しもあったしの。…まあ、殊杏可也は事情が特殊じゃったから、その、な?」
磯の者として徐々に取り入り、為蛍を懐柔し、名を偽って為蛍の妻に収まった。誰も知らなかった為蛍の第一夫人、浮輪杏可也。
波平は苦い顔をして払うように手を振った。
「何れにせよ、磯に草が気にするようなものは何もない。今はやむを得ない状況にありますが、磯は草と距離を起きたいことに何の変わりもありません。草もそうであって欲しいものですね。頭を冷やして彼我の違いと距離を考え直して頂きたい」
「冷える頭と冷えない頭があるもんでの。草は昔から磯を気にしとるんじゃ、そりゃ生半にゃ変わらんわい。逆に磯も長く草を気にしとるから敢えて禁忌に封じ込めとるんじゃろ?ある意味草と磯は相思相愛だえな、もし」
「冗談じゃない」
「人の気持ちは理屈じゃないえ。トントンきちんと杓子定規に片付くもんなら誰も苦労はせん。面白味もないしの」
草は理屈で片付かないような気持ちを磯に抱いているのか。そしてそれは磯も同様?
波平は眉を顰めた。