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連れ立って歩く 其の五 木の葉編 ー干柿鬼鮫ー

第8章 年納め



「そうは言うてもの」

伊草が何気なく膝元の薬草の屑を囲炉裏に掃き込んだ。木っ端がパッと燃え立ち、きつい匂いの煙が立つ。

「むは、こりゃ樟の皮か!」

間近でそれを吸い込んだ伊草は咳き込んで薄白い煙を手で払った。樟の刺すような刺激の強い匂いが室に充満し、年嵩の子らが慌てて明かり取りを開けに腰を上げる。

「うわ、臭い…ッ」

膝でうとうとしていた一平を抱き上げて、ヒナタが囲炉裏から離れた。目覚めた一平が目を瞬かせて周囲を見回し、笑い声を上げた。皆が慌てふためいているのが面白いらしい。

「何ですか、これ!あ、一平ちゃん、ダメ…」

膝から這い出てよちよちと囲炉裏へ向かう一平を、慌ててヒナタが引き戻す。途端に一平は火が着いたような泣き声を上げた。ヒナタの手から逃れようと身を捩ってバタバタと暴れる。

「ああ、これ。暴れるでない。これこれ、ひらひら」

若い娘が波平のように引っ叩かれては気の毒と、伊草が腰を上げて囲炉裏向こうの二人の側へ回り込んだ。

「わちみたように兎の眼になりよるぞ?」

自分の赤い目を指差して抱き上げれば、強烈な一撃が額を襲う。

「あだッ、あだだ、ほう!こりゃひらひら!人に手を上げてはならん。人の痛いことは手前も痛いもんじゃもん。同じ同じ、手前がされて厭なことは人にもしちゃ、いかん。いかんいかん」

紅葉の赤の浮かんだ額を撫で、伊草は脇に手を差し入れて一平を持ち上げた。むずかる一平と目線を同じくして額を合わせる。

「これ、坊。分かったか。いかんぞえ?伊草にごめんしなされ」

「ごめんない!」

ベチン!
再びの平手打ちが伊草の鼻を襲う。

「ふがッ」

「一平ちゃん!」

ヒナタがキッとした声を上げて、伊草から一平を抱き取った。

「人を叩いちゃダメ」

伊草を叩いた小さな手をポンポンと叩いて、ヒナタは一平の目を覗き込んだ。一平が剣呑な目付きでヒナタを見返す。強烈な金切り声でむずかるだろうことを予測して、叩かれた鼻を擦っていた伊草が慌てて耳に蓋をした。

「痛いはダメよ?おじ様にごめんなさいして、痛い痛いの飛んでけしてあげて」

じっと一平の目を見ながら、ヒナタが静かに言う。掌に包んだ小さな手をすりすりと撫でるヒナタの目は、和やかな笑みを浮かべて穏やか。

「……」
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