第6章 年の瀬、花屋の二階で
「ああ、確かに忙しいですね」
ピンと腰を突っ張って抵抗していた牡蠣殻を離して、鬼鮫は椅子に腰かけた。
「年明け早々任務につくことになっています」
突っ立って脇腹を撫で擦る牡蠣殻に空いた椅子を指差して座るよう促し、斜めに突き出した足を組むと、卓に肩肘をついて頬杖する。
「そうですか。お正月からお忙しいことですね」
素直に椅子を引いて腰掛けた牡蠣殻を見、鬼鮫は頬杖した手で我の顎を撫でた。
「忙しいですよ。だから会いに来たんです。これを渡しておこうと思いましてね」
鬼鮫は懐に手を潜らせ、卓に軽く握った手をとんと載せた。退けた手の下から鈍色の鎖に通された鈍色の指輪が現れる。
「今のうちにお返ししておきますよ」
「…あれ?お返し頂いていいんですか?」
牡蠣殻がそれを手にとって握り締めた。鎖がチャリと鳴って牡蠣殻の掌から溢れて揺れる。
「いいも何もこれはあなたのものでしょう」
鬼鮫は立ち上がって牡蠣殻の後ろに回った。細い首にかかる後れ毛を掻き上げ、徳利首を捲り下ろす。
「今度こそ失くしたり外したりしないように…と、言ってもあなたはまたやらかすんでしょうけれどもね。…つけるから貸しなさい」
首筋を噛み千切りたい衝動にうっすら笑みを浮かべながら、鬼鮫は牡蠣殻から指輪を受け取った。
「死ぬときこれがあなたの首元にあるかどうか、見物ですよ」
「あるんじゃないかと思います。大丈夫です」
「あなたの大丈夫はあてになりませんからねえ」
「私の生殺与奪権は貴方がお持ちでしょう?死んだ後まで蹴飛ばされたり叩かれたりしたくないので、ちゃんと身に付けておきますよ」
「簡単に死なないで下さいよ。詰まりませんから」
「くどいですよ。言われなくても気を付けます。大体今死んだりしたら、ここに来てからの苦労が水の泡ですしね。やっと実になりそうなことをやり始めたというのに」
「子守りは上手くいっているようですね。意外ですよ」
「上手くいってる訳じゃありません。周りの方に助けて頂きながら、やっとのことでやっとお世話出来ているのです。毎日ぐったりしてますよ」
「育児疲れですか。あなたが。笑えますねぇ」
「勝手に笑ってて下さい。こっちゃそれどころじゃないんですからね」