第6章 年の瀬、花屋の二階で
「帰ってもいい?何を勘違いしてるんです。何をしようと人の許しなぞ必要ないんですよ、私は。大体用件があると言った筈ですが、聞いていなかったんですか?それとも忘れたんですか?あなたのことですからどっちでも今更驚きませんがね」
「好き勝手なこと言ってますがね。そんなあなたの周りの人間にもそれぞれ事情ってモンがあるんですよ?知りませんでした?何の用件だか知りませんがさっさと切り出さないからすっかり忘れてしまってるんだと思いましたしね。それこそ貴方のことですから、人を嬲るのが目的でここまで出向いたのだとしても今更驚きませんよ、私も」
「嬲りに来たと言われれば否定しませんがあなたと喧嘩するつもりはありませんよ」
鬼鮫は片口を吊り上げて牡蠣殻の顎から手を離した。
「何はともあれ、寝込んでいなくて良かった。これだけ口が回るのならば取り敢えず大丈夫でしょう」
顎から離れた手が腰に回る。
「あんなことの後だというのに全く変わりありませんね。あなたらしいですよ」
鬼鮫が回した手に力を入れて腰を引き寄せると、牡蠣殻は腰を引いて抵抗した。
「痒い」
「またそれですか」
「またも何もそういう思わせ振りな言い方は止めて下さいよ。うわ、痒い」
「はあ。ではストレートに言いましょうか。牡蠣殻さんは目交わっても大した変わりもないんですねえ」
「止めろ!わざわざ言わなくたっていいでしょうが、そんなこと」
「言いたきゃ何でも言いますよ、私は」
「それは貴方の口に締まりがないって告白ですか?ますますわざわざ言わなくたっていいって話ですよ、そんなん」
「出会い頭に抱き付いて来たくせに何なんですか、あなた」
「あんなん人違いだ!鮫と貴方を間違えたんです!」
「…あまり言いたかありませんがね。それ、あながち間違いじゃないんじゃないですかね?それともちょっと会わない間によその鮫と間違いでも犯したんですか、あなた?どんだけ鮫が好きなんです。私が言うのも何ですが、変わってますねえ」
「バッ、何だ、間違いって!?鮫に知り合いは一人しかいませんよ!」
「先程からの失言は貯まりに貯まった負債につけときますがね。鮫に知り合いが一人しかいないというなら、不本意ですがそれ、私でしょう?人違いって何です?」
「………」
「ふ。あなたが黙ると興奮しますねえ」