• テキストサイズ

連れ立って歩く 其の五 木の葉編 ー干柿鬼鮫ー

第6章 年の瀬、花屋の二階で



反射的に腰を落とし、卓の向こうへ回り込もうとした牡蠣殻の腕が鬼鮫の手に捕まる。力任せに引き寄せられて、牡蠣殻は椅子を薙ぎ倒しながら鬼鮫の胸にどんと突き当たった。

「…い…つぅぅ~ッ、干柿さん!?全くこれだから貴方と居ると油断出来ないんですよ!痛い!腰と膝が痛い!尻の左も痛い!」

「はあ。腰と膝と左の尻が痛いんですか。それはお気の毒様ですね。せいぜい大事にして下さい」

喚き声を素っ気なく受け流して鬼鮫は牡蠣殻の顎に手をかけた。力を込めて抵抗する牡蠣殻の顔を力付くで上向かせる。徳利首に覆われた牡蠣殻の首からグキッと厭な音がした。

「ぐぇ」

「相変わらず変な声を出しますねぇ。聞き苦しい」

眉を顰めた鬼鮫が牡蠣殻の顔を矯めつ眇めつ子細に改める。

「少し丸くなりましたか。頬がこけていませんね」

顎を掴んだ手の親指を伸ばして頬骨から口の端を擦るようになぞり、鬼鮫は目を眇めた。

「なのに顔色は悪い。隈も相変わらずだ。もしかして浮腫んでませんか?」

「浮腫んでもいるかも知れませんが、太りもしましたよ。規則正しくバランスよく美味しいご飯を三食きちんと頂いてますから」

鬼鮫の手を払おうとして敵わず、ますます顎をぎっちり締め付けられた牡蠣殻は、口をへの字に曲げた。顎元の膏薬は相変わらず、眼鏡も砂で壊したときのままつけないでいるらしい。眉間の皺が心なしか深まったように思える。薄い唇は元より色良い方ではなかったが、更に紫がかった色味になっている。が、目色は濁っていないし、目力もある。

「…具合が良いんだか悪いんだかわからない顔してますね。多分あまり良くはないんでしょうが」

「そう聞かれても自分でも良いんだか悪いんだかはっきりわかりかねてるんですよ。何とお答えしたものか…」

「そうですか。自分の体調の良し悪しもわからない。成る程、やっぱりあなたの間の抜けた頭はまるで良くなっちゃいないようですね」

「やっぱりって何です」

「やっぱりはやっぱりですよ。やっぱりもわからなくなりましたか。馬鹿な人ですねぇ」

「わあ、流石干柿さん。折角頂いた元気がみるみる失われて行く心地がします」

「そうですか。それは残念ですね」

「与えて奪う実に貴方らしい自主回収も常ならばどうとも構いませんが、今の私は出来れば元気なままでいたい。干柿さん、そろそろ帰ってもいいですよ」
/ 150ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp