第6章 年の瀬、花屋の二階で
階段の上りばな、二階の居間らしき室で鬼鮫は牡蠣殻を下ろした。腕を組んで髷の乗った頭を見下ろすも、牡蠣殻は顔を上げない。鬼鮫は口角を上げて両手を脇に垂らした。
「牡蠣殻さん?さっきの勢いはどうしました」
「いやー…。びっくりするくらい綺麗サッパリどっか行きましたね。まー驚いた」
斜め下を見ながら牡蠣殻がしどろもどろと言う。目を会わせようとしない牡蠣殻に、鬼鮫は口の端から尖った歯を覗かせてくっと失笑の息を洩らした。
「驚いたのはこっちですよ。どうしました?そんなに私に会いたかったんですか。続きはいいんですか?抱くなり嬲るなりお望みとあらば幾らでもサービスして差し上げますがね。おや。何で後ろに下がるんです?あんなに熱烈に歓迎してくれたというのに掌返しとは何とも拍子抜けしますねえ」
「あ…や、や、いや、…あの…」
牡蠣殻が口籠りながら額を肘で拭う。冷や汗でもかいたのだろう。赤くなるかと思ったのが逆に青くなっているところを見れば、我ながら余程に予想外の衝動だったようだ。やっと目を会わせて来たと思えば、その瞳孔が開いている。
「あの」
ごくりと喉を鳴らして更に一歩後ろに下がった拍子に椅子の背にぶつかり、慌てて傍らの卓に手をついて辛うじて尻餅をつくのを回避した牡蠣殻が、明後日の方向を見て目を瞬かせ、瞠目し、また目を開く。
「何です?」
内心楽しくて仕方ないのだろう鬼鮫が嬲るようにのんびり聞き返すのを見上げ、牡蠣殻はへらっと笑った。
「予想以上に元気を頂いて勢い余りました。凄い破壊力ですね、干柿さん」
「私が何を破壊したって言うんです。黙って立ってただけだと思いましたがね」
「ねえ。立ってただけなのに凄いですねえ」
「何も壊してませんよ」
「私の理性がぶっ壊れました。ええ、もうびっくり。あんなのは初めてです。ワタクシ、今正に消え失せたい程恥ずかしい思いをしております。ハイ」
「成る程。あなたは動揺して挙動不審になっている訳ですね。まああなたが挙動不審なのは珍しくもないことですが、言いたいことはわかりました。恥じ入っているんですね?珍しく殊勝に。しかしここで用件も済まないうちに失せようとしたらどうなるかくらいわかってますね?そよとでも風を起こしたら即捻り落としますよ」
「用件?何の用件ですか」
「その前に」
鬼鮫が長い腕を伸ばした。