第6章 年の瀬、花屋の二階で
その後ろに聳える丈高い人に牡蠣殻が息を呑む。
「もっと早くに着くかと思いましたが、随分ゆっくりでしたねぇ。どうせまた埒もないことを話していたんでしょう。矢張りあなたの減らず口は死ななければ治らない業病のようなものらしい」
紅い雲の飛ぶ黒い外套を纏い、凝然と佇んでいたその人がいのの前に出、歯を剥いて笑う。慇懃な口調と皮肉な言葉に牡蠣殻のさして大きくもない目が転げ落ちんばかりに見開かれた。
「退屈そうな顔をしてますよ。もう子守りに飽きたんですか、牡蠣殻さん」
「干柿さん!」
小さく叫んで、牡蠣殻が干柿鬼鮫に頭から突っ込むように飛び付く。胸に頭突きを食らって虚を突かれた鬼鮫は笑みを引っ込め、牡蠣殻を抱き止めた。しがみついて来る牡蠣殻を一時まじまじと見下ろし、次いでぐっと抱き寄せる。
「………」
口を開けて見守るカンクロウといのに、鬼鮫は眉を上げた。
「二人で話したいんですがね。空いている部屋はありませんか」
いのがパチンと目を覚ましたように瞬きして、二階を指差した。レジ裏に階段があるのを確認した鬼鮫はいのから、カンクロウへ視線を移した。
「面倒おかけしましたね」
「そう思うんなら頼むなよ」
口角を下げたカンクロウに、鬼鮫は目を眇める。
「面倒ついでにもう少し時間を割いて頂きましょう。この人をあなたと出て行かせなければ、木の葉にあらぬ疑いを持たれてしまいますからね」
「あらぬ?疑い?」
顔を見合わせたカンクロウといのを尻目に、鬼鮫は牡蠣殻をひょいとあすなろ抱きして階段に足をかけ、ふと二人を見返った。表情の読めない胡乱な目で二人をじっと見、口元に物騒な笑みを浮かべて顎を上げる。
「くれぐれも妙な気を起こさないことですよ?…私は尾のない尾獣、霧隠れの怪人と呼ばれる犯罪者です。怒らせたりしたらろくなことになりませんからね」
いのが口を引き結んでぶんぶん頷き、カンクロウは面白くもなさそうに腕組みした。
「そんなに長居は出来ねえぞ。手短に頼むじゃん」
「わかってますよ。失礼」
牡蠣殻を抱えたまま階段を上る鬼鮫を見送ってカンクロウはちらりと隣のいのを見た。
「…何でアンタんちなんだ?」
「あたしが聞きたい…ところだけど、前にここで買い物したことがあるから、それで、かも知れない」
「どうしてあんな物騒なヤツにモノを売ったりしたんだよ」