第6章 年の瀬、花屋の二階で
「恩返しに?」
「馬鹿、こんなん恩返しになるか」
差し出された手を取って、カンクロウは目を眇めた。薄い手は相変わらず乾いて傷痕だらけだったが、生傷はなく瘡蓋に覆われてもいない。顔を覗き込むと、牡蠣殻は手を引っ込めて体を引いた。
「何ですか、一体」
「顔色悪ィじゃん。大丈夫か」
「カンクロウさん。あなたの面倒見が良いのは悪いことじゃありませんが、あまり満遍なく頑張ると疲れちゃいますよ。大概にした方がいいと思いますがね?」
「喧しい。俺の血を貰って今のオメーがあるんじゃん。自分の血の先行きを心配して何が悪い。減らず口ばっか叩いてねぇでちっとは恩に着ろ、全く。大体オメーは人に心配かけんのも大概にしろ。周りが疲れんだろ」
「そんな心配して下さらなくても…」
「人に心配かけてそういうこと言うのは身勝手ってモンだ。うろちょろしてねぇでさっさと収まるとこに収まってくれよ、ホントによ」
肩の雪をはたき落としてカンクロウは舌打ちした。
「凄い雪ですよねえ」
カンクロウの頭巾から雪を払って、牡蠣殻が首を竦めた。
「年の瀬らしい良い天気です」
「…まぁよ。良いお年をな」
お返しに牡蠣殻の頭から雪を払ってやりながら、カンクロウは複雑な顔をする。
「何やかんやあっても最終的に収まりがよけりゃな。終わりよければ全てよしじゃん」
「何の話です?着きましたよ、いのさんの花屋さん」
「俺は頼まれただけだから。脅されたとも言う」
「何だ何だ。いよいよ何の話だ」
「山中も気の毒に」
「いやいやいやいや、ちょっとちょっと?」
「あのよ」
カンクロウが腰に手を当てて牡蠣殻に向き直った。
「何か困ったら砂に来いよな。チヨバアとかもそう言ってっかんな」
「ああ。ご隠居様方は息災でいらっしゃいますか?」
「元気な年寄りの心配はいいから早いとこ体を治せ。いいな?」
念押しするように上体を屈めて牡蠣殻の顔を覗き込み、カンクロウは溜め息を吐いた。
「よし。行くぞ」
「は?私も入るんですか?今日のところは花に用はありませんが」
「いいから来い」
背中を押しこくられて、牡蠣殻はつんのめりながらいのの花屋に入った。
「あ!牡蠣殻さん!い。いらっしゃい!」
小さなストーブの前に座っていたいのが、引き攣った顔に笑顔を浮かべて待ち構えていたように立ち上がる。