第1章 前編
そんなある日。
任務が終わりインペルダウンへ帰る途中で、ローはユーリと共にある島に立ち寄った。
不思議そうなユーリを引き連れて適当に繁華街を見て回る。
そして目的の店を見つけると、その中へ入っていった。
お洒落なカフェに足を運ぶローを、どこか怪訝な表情で追いかけるユーリ。
そして当然のように席に着いたローから、信じられない言葉が聞こえてきた。
「甘いものが好きなんだろ?好きなだけ食っていいぞ」
彼はそれだけ言うと適当にコーヒーを頼んでいた。
彼の言葉を瞬時に理解できなかったユーリは、暫くその場に固まっていた。
ローはそんなユーリを見ていたのだが、痺れを切らしたのかメニュー表を押し付けてきた。
咄嗟に受け取ったユーリは、軽く放心状態で無意識に注文する。
そして程なくして運ばれてきたケーキの数々。
ユーリの表情は未だに呆然としていた。
そして、恐る恐るケーキを口に運ぶユーリ。
その瞳からは一筋の涙が流れていた。
ローはそんなユーリを見て、軽く目を見張った。
そこまで感動するほどのことなのだろうか。
今回ユーリを此処へ連れてきたのは、ただの気まぐれと、普段の彼女に対する礼のようなものだった。
ユーリが任務で協力してくれるのは、正直助かっていた。
甘いものが好きだと言っていた彼女。
どうせ何時ものように無遠慮に食べると思っていただけに、泣いたのは想定外だった。
ローがそんな彼女を見て難しい表情をしていると、彼女は慌ててお礼を言って美味しいと食べていた。
そんな彼女の雰囲気に少し違和感があったが、その時のローは特に気にしなかった。
だから彼は気づかなかった。
美味しいと言って食べるユーリの口元が、僅かに引きつっていたのを。
時の力を使う代わりに、彼女は己の身を犠牲にしていた。
能力を解除する時に感じる痛みもそうだが、彼女の中には見えないダメージがずっと蓄積されていた。
その結果、ユーリは味覚を失った。
気づいたのは半月ほど前で、ローから何時ものように飴を貰った時だ。
彼女が先ほど流した涙。
それは甘いものを感じれないことへの悲しみか
ローの気遣いを受け取れないことへの悲しみか
…彼女には分からなかった。