第1章 前編
「ねぇ、お菓子食べたい」
ユーリが投獄されて二ヶ月が経った。
鞭で打たれても、彼女の態度は相変わらずのものだった。
彼女の身体に刻まれた、生々しい傷後の数々。
ここ最近、ローは鞭を使うのをやめた。
どうやらこの女は、このくらいの痛みは何ともないらしい。
大の男が叫び声をあげる程の痛みがあるはずだが、彼女は声ひとつあげようとしなかった。
その事実は、軽くローを感心させていた。
彼女が痛みに慣れているのは、彼女の持つ能力が痛みを伴うものだからである。
もちろん、その事実をローが知ることはなかった。
「菓子なんてあるわけねぇだろ。ふざけてんのか?」
ローは檻の前で腕を組み、彼女を睨みつける。
ローがここを訪れるのは、せいぜい週に一回程度だ。
彼だって暇ではない。
そんな彼が時間を作っては会いに行く。
彼女は相変わらず脱走する気配も、何か企んでいる気配もない。
海楼石をつけられてるんだから当然だろう。
全くもって無駄なその行動をさせる上層部にはうんざりするが、とりあえず今は様子を見るしかない。
頃合いを見てローは、この役目を他の奴に押し付けるつもりだった。
「じゃぁ暇だから何か話してよ、世間話。今日の天気は?」
ローが最近鞭を持ってこないと分かると、ただでさえ煩かった彼女の口数がさらに増えた。
鞭で打たれていた頃でさえ、売り言葉に買い言葉でよく地雷を踏んでいた。
そんな彼女の心が折れる日は来るのだろうか。
ローはユーリの言葉を適当に流しながら、そんなことを思っていた。