第1章 前編
「おはようございます。朝食の準備ができましたので起きてください」
死の外科医として恐れられている彼の執務室で、その空気に似つかわしくない声が響いてきた。
声に誘われるように瞳を開くと、こちらを覗き込んでいる彼女。
「……っ!」
ローは思わず目を見開き、彼女の首を掴むとベットへ叩きつけた。
まったく気配を感じなかったその存在。
寝顔を見せてしまうほど油断していた自分自身に、ローは苛立ちを隠そうともせず舌打ちをした。
そんなローを不思議そうに見上げている彼女。
首を絞められているのに苦しくはないのか、その表情は相変わらずだった。
いや、ロボットだから気配もなにも関係ないのか。
睨みつけること数分、漸く冷静になった頭でたどり着いたその可能性。
ローはゆっくりと彼女の首から手を放した。
「私はこれ以上寝ませんよ。早く来てくださいね」
彼女はベットに倒されたのを何か勘違いしたのか、そんな言葉を言っていた。
そして寝室を後にした彼女にため息を吐くと、ローもまたベットから起き上がった。
寝室から出ると、確かにそこには朝食が用意されていた。
焼き魚に味噌汁に卵焼き。普通の朝食がテーブルに並べられていた。
「頼んだ覚えはねぇぞ」
ローは一瞬視線を寄越すだけで、そのまま素通りして行った。
わざわざここで食べなくても、この監獄には食堂のような場所がある。与えられてる自室にはキッチンも備わっているが、ほとんどの者は使ってないだろう。
といってもローが食堂で食事をしてる姿など、見た人物はいないが。
「食べないんですか?」
ローが素通りしてシャワーを浴びに行こうとした時、彼女がまだそんなことを言っていた。
誰が作ったかも分からないようなものを、おれが口にするとでも思っていたのだろうか。
もちろん作ったのはこのロボットだろうが、そんなものを食べる気はなかった。
まぁ、食べない理由は他にもあったのだが、それをこいつに伝える気はない。
ローはため息吐くと、彼女の言葉に答えないまま浴槽へと消えていった。