第1章 前編
ユーリが海軍に追われる日々を過ごし始めて、数年経った頃。
彼女の前に、やっかいな人物が現れた。
その人物とは死の外科医としての異名を持つ、トラファルガー・ロー。
彼の噂は世間に疎いユーリでも耳にしたことがある。
若くして大佐までのし上がった実力は当然ながら、その残忍な性格をよく噂で聞いていた。
海賊の心臓を数百個程奪い取り、政府に差し出した経歴。
彼が斬った海賊の数は千をも超える。
また、彼が作り出す空間の中で行われる拷問。
海軍本部に所属しているならではの噂話が、嫌でも彼女の耳に入ってきた。
そして今、彼の持つ刀は私に向けられている。
どうやらただ偶然に出会ったわけではなさそうだ。
ユーリはクルー達に合図を送った。
その合図はここから離れろという意味であり、クルー達は納得のいかない表情をしながらも離れていく。
ゆっくりと警戒しながら立ち去っていくクルー達に、ローが興味を示す気配はない。
やはり狙いは、私だけのようだった。
「あなたのような大物が来てくれるなんて、私もだいぶ人気が出たんですね。サインでも書きましょうか?」
冗談交えた彼女の言葉に、彼が反応する気配はない。
一切の隙を見せない彼に、ユーリは嫌な汗が流れるのを感じた。
そして睨みあい続けてどれくらい時間が経っただろうか、ふと目の前の男が口角を吊り上げた。
「5億の賞金首なんだろ?さっさとかかってこいよ」
まさかビビってるわけじゃねぇよな?
彼の挑発するような言葉に、ユーリは僅かに口元を引きつらせた。
彼の能力の幾つかは、噂で聞いたことがある。
今この瞬間、もうすでに能力は発動されているのだろうか。
ぐるぐるとユーリは考え込んでいたが、迷ってる時間はあまりなさそうだ。
隙を狙うのは、無駄だと分かったからもう止めた。
後は、戦いを始めない限り終わりもこない。
逃げ切れるような相手でもなさそうだし。
ユーリは大きく深呼吸すると、能力を発動させた。
全てはまた明日も同じように、クルー達と過ごすため。
私はまだここで、捕まるわけにはいかなかった。