第14章 夜明けのララバイ
「マイク、起きなきゃ」
狭いワンルームマンションで泥の様に眠る彼を揺する。
夕闇に包まれる部屋の中で一際輝くブロンドヘア。床を見ると脱ぎ散らかした革のジャケットとヘッドフォン。
「…あー、後少し」
テーブルに置かれた合鍵が彼をこの部屋に招き入れたのだろう。このまま眠り続けさせてやりたいとも思うが今日は金曜日。そしてもうすぐ彼は仕事に行かねばならない。
「今日ラジオでしょ。だめだよ」
木曜深夜に彼は来る。
そして金曜夜の入り口に出ていく。
いつからだろう、それがお決まり。
「ご飯食べるでしょ、作るよ」
彼の家なんて何処にあるか分からない。
彼がどんな風に暮らしているかも知らない。
名前だって知らない。ヒーロー名しか。
「…それより」
ついさっきまで布団と同化していた彼が私の手を引いた。
覆い被さる様に彼を見下ろして、大きな掌が私の右頬を撫でた。
「可愛い可愛い、まいかが食いたい」
ゆっくり、下降。
唇が降り立ったのは彼の頬。
「時間、良いの?」
「全然余裕」
頬の無防備な柔さに目眩がしそうだ。
普段の饒舌さも無い、穏やかな声色。
そのギャップにいつだって心臓がキツく縛り上げられている。
「なぁSweetie…可愛い顔、見せてくれよ」
私の部屋着をゆっくりと剥がし、彼は囁く。耳の奥に深く刺さるよう、重く低い声で。
「ん…」
転がされ暗転、反転。
鎖骨を擽る長い髪に肩を竦ませれば彼からのキスが降り注いだ。
唇をなぞる舌の薄さをほかの誰が知っているだろうか。
額に当てられ、撫でる指の優しさを誰が味わっただろうか。
きっと、私だけじゃないだろう。
知っている。私だけが彼の特別では無い事くらい。
だけど、今この部屋にいる間は、私だけが知っている事にしておいて。彼が私の秘めた場所を犯す今くらいは。