第10章 eraser
まいかが去った後、A組は騒然とした。
初の除籍者。酷いと沢山罵られた。
だけどこの教室に居る誰もが知らない。
まいかが思い悩んだあの出来事も、俺への思いも。
「先生。元気がないわ」
「蛙吹、次救助演習だろう。早く準備をしなさい」
「私、分かるの。まいかちゃんは必ずまた先生の前に現れるわ」
ヒーロースーツを抱え、ケロケロと笑う顔を見せて去っていく。
俺はこうして例年通り、この子達を見送る。
桜の花が綻んで、胸に赤い花を咲かせる教え子達をここから見送る。
「イレイザー!」
そして、また新しいヒーロー志望の生徒を迎える。
桜が咲いて、散る。そして夏の陽射しで肌を焼き、秋空の柔さに傷を癒す。降る雪はどこか胸を冷やして、また花が咲く。
小さく出来た心のささくれは、たまに、俺の足を止める。
「結婚しようぜ」
「しねーよ」
不意に、聴こえる気がする。
パタパタと音を立て、走りよる足音。そして、俺を呼ぶ春のような声が。
「つれないなー。ウケる」
「つれてたまるかよ」
合同練習の引率も、聞き飽きた面白くもないジョークを受け流すのも、いつも通りだ。
「そうだ、イレイザー。ひとつ、話したいことがあるんだわ」
「下らない話は時間の無駄だぞ」
豪快に笑う傑物の教師、Ms.ジョークがニヤリと笑って手を振った。
「私の受け持ちの中で一番の有望株だよ」
そう言って小さく言葉を続けた。
「そんでイレイザー。アンタが会いたかった子、じゃないかな?」
ひと足早い春一番。ふわりと舞った風に目を上げるとそこには、恥ずかしそうに俺を見るまいかがいた。
「……先生、忘れちゃった?」
「忘れる訳ないだろう」
寒くも無いのに、鼻の奥がツンとした。
捕縛布をまた、静かに鼻先まであげて俺は言う。
「おかえり」
「ただいま、先生」