第6章 Not hold me
あの日以来、彼は電話に出なくなった。
悲しさも怒りも無くなって、ただ息をする事が精一杯。
彼に会いたいと濡らした雫は今日も綺麗に光っている。
終わらせてしまおう。我が物顔で居座る鈍色を彼に返せばきっと私は前に進めるに違いない。
彼が褒めてくれた真っ白のワンピースを身に纏い家を出る。せめて、せめて彼の顔を見て、別れを告げるまでもう少しだけ夢を見させて。私は可哀想な女じゃない。私だけは違うとそう思わせて。
煌めいていた筈の街並みが錆び付いて見える。ただ、私の心から彼が居なくなっただけなのにこんなにも世界が違って見えるのか。
「まいか…」
通い慣れたマンションの玄関。
靴は彼の物だけ。
「おめでとう、電気」
バツの悪そうな顔なんか見せないで。優しくしないで。追い返して。
「ごめん、本当にごめんな」
違う、そんな言葉が聞きたいんじゃない。
そんな言葉を投げられたら、私の気持ちがまた揺らぐ。
「謝んないでよ…」
「けどまた傷付けた」
私は今日、貴方に別れを告げに来た。短く深い夢から目醒めにきたの。
次に出る言葉は何度も練習して来た。それなのに、違う、そうじゃない。
「ねぇ、抱いて」
抱いて、そして名前を呼んで。
それから、大好きな貴方の声で、こう言って。夢から引きずり出して。
サヨウナラと、貴方の声で。