第4章 Love Me Tender
「まいか!こっち」
赤い暖簾からひょいと私を呼んだのは、知った顔。
赤いパーカーが、夜の闇に良く映える。そんな風に、ぼんやりと彼を見て私は静かに暖簾を掻き分けた。
「こんな時間まで仕事?大変だねェ!社会人って」
寒い夜には熱燗に限ると彼はいつも言っていた。
私は熱燗は嫌いだった。それでも彼と同じ物を飲み、彼と同じように酔った振りをしたかったのだ。
「おそ松くんも働きなよ」
一人分離れて座るのは、その間に私の密やかな想いを置く為。
左手を机に置いて彼を見た。
赤みを帯びた頬についた手のひらに、思わず喉が一度上下した。
「やぁーだよ。働いたら負けだと思ってっからね」
「ダメな大人」
いつから彼とこうして話すようになったのだろう。この屋台で出会ったのだけは覚えているのだけれど、夜の闇に記憶が隠されたみたいにはっきりとは思い出せない。
「まいかは偉いよ。毎日働いてさ、偉い」
湯気立つ大根を頬張り、笑う顔が眩しくて私は店主の手元を凝視した。くい、と煽る熱燗が喉を焼いて瞼をきつく閉じた。
「彼氏とか作んねーの?」
座り込み、姿を消した店主。不意に問われて私はコップに口をつけたまま、次は彼を凝視する。
今日、初めて見た彼は、頬杖のついて私を見つめていた。
真っ赤な顔だと言うのに、その目は酔ってなどいないと私に訴えかけていた。
「作らない、かな」
「もったいねー」
ただの飲み友達だと思っていたのに、いつの間にか、彼と一線を越えていた。
決して近道とは言えない道だ。回り道でも無い。
むしろ、逆戻りと言っても良いかもしれない。
「帰るわ」
それは更に理想から離れる一言。