第1章 intention
「おかえり」
深夜一時。寒くて真っ赤な唇がやや青味を帯びている、そんな冬の日。
「…起きてたのか」
高校時代からの付き合い、その延長線をただ歩いて来た。この関係を何かに例えるなら子供の頃にした遊び。道路に書かれた白線の上だけが安全地帯でそこを踏み外したらゲームオーバー。
延々と続く道を一人、またひとりと落ちていく。大人になっていく。そして気付いた時に白線の上にいたのは私と彼だけだった。
「そらね。彼氏の誕生日だもん」
「明日も仕事だろ」
初めて彼を見た日、私は胸が痛くなった。誰にも興味が無いとでも言いたげな、ぶすけた表情と窓から見える薄紅の桜がヘンテコで。私の心と記憶に深く濃く彫り込まれた。
「私らも、もう三十路だよ。あっという間だね」
テーブルの上には彼を待つ間に空けたワインや発泡酒の残骸が無数に散らばる。それをやや呆れた顔でちらりと見て商売道具の捕縛布と黄色いゴーグルを棚に置いた。
「まいか、ただいま」
棚に置かれた私のヘアゴムを右手で広げ、左手で長く黒い髪を纏め上げながら振り向いた顔に、また胸が痛くなる。
「おかえり、消太」
こうして彼の誕生日を祝うのは何度目だろうか。もう忘れてしまいそうだ。それ程、春夏秋冬を何度も過ごしたのだ。