第17章 the world
平和の象徴がヒーローデクに変わって久しい。
此処は見えるのに、見えない場所。
目当てを持ってくる人間には見えるのに、目当てが無ければ見えない、そんな場所。
「ファントムシーフ、見回り終わったか」
街の雑踏をぼんやり眺めていると同じ事務所の先輩が向こうの通りから呼んだ。
べったりと貼り付けた、ヒーローとしての笑顔を見せ頷いた。
そして振り返れば、大門。仰々しい朱の門を眺めていると信号を渡って此方にやってきた先輩が僕の肩を叩く。
「こっちの方は別の事務所の持ち場だ。行こう」
僕が見上げるこの朱の門の向こうに何があるか、何となくは分かるけれど生憎立ち寄る程困ってはいない。だから己の目で何があるかを知ることは叶わない。
「先輩はこの門、潜ったことありますか」
「なんだ、ファントムシーフ。行きてぇのか?」
「いや、僕は女に困った事ないんで別に…」
此処は花街。皆はAppleと呼ぶ。
中に暮らす女達は敵が拐った女とも聞くし、敵の子供が落とされるとも聞いたことがある。
この花街の担当事務所は大手も大手、確か爆心地の事務所だっただろうか。
「さ、まだ見回り残ってんぞ」
きっと僕がこの大門を自ら望み、潜る事なんて有り得ない。
そう思っていた。その時は。
人をこんなに好きになる事も、その時の僕には考えられなかっただろう。