第16章 【夜シリーズ】イロコイ【上鳴電気】
『今から行くね!遅くなってごめん!』
届いたラインを見ながら、上鳴は降格を釣り上げた
ブラックのネイルをした指先で、髪の先端を弄びながら電話のコールを鳴らす。
「あ、モシモーシ、yuueiの上鳴電気っス。
黄色のバラの花束、ラメ入り
両手いっぱいくれぇの20分後によろしくー♡
瀬呂に渡しといて。
はーい」
名前が出てきた瀬呂はタオルを干しながら、上鳴に視線を向けた。
「あー。いつものっすか?」
「そそ、今日は記念日だからさー」
クスクス笑いながら上鳴は、壁にはられた今月の売上グラフを指でなぞる。
「何が記念日なんスか。また沈めただけっしょ?」
瀬呂は呆れた顔でそう言うと、またタオルを干し始める。
「えー記念日でしょ。
オレのために沈んでくれんだからさー。
今日くらい、ちゃんと愛してやんねーと」
「うわ、ゲスっ
電気さんが誰かを愛するとか無いでしょ」
思わず漏れた本音に、上鳴はケラケラと声を出して笑う。
「いや、俺本命いるし」
「え!?」
「福沢諭吉ちゃん♡」
首を傾げて、瀬呂に笑顔を向けると、瀬呂は「うわぁ」と心底ドン引いた顔をする。
「オレ、福沢パイセンなら抱かれてもいい」
「福沢パイセンには、樋口一葉が居るからムリっすよ」
「んだよ、ソレ」
つまらないジョークも、面白くて仕方が無いといったようだ。
笑うたびに口の中に見える舌ピアス。
(何がそんなに面白いんだか…)
そりゃあ面白いにきまっている。
1回の「愛してる」につき300万…楽しくてたまらないだろう。
「電気さん!ゆりなさん来られましたよ」
黒服の切島が、ドアからひょこっと顔を出して上鳴を呼んだ。
「うぇい、今行く」
上鳴は、パン!と手を叩いて気合を入れ直す仕草をした。
「じゃ、花束きたらよろしくー♡」
「わかりました」
去っていく金髪を見送ったあと、瀬呂は空になった洗濯カゴを片手にスタッフルームを後にした。
階段上から、上鳴の声が聞こえて、視線をあげると
少し地味目の清純そうな女の子が、上鳴に肩をだかれて嬉しそうに微笑んでいる。
(あの子も…電気さんに会わなきゃ普通に幸せになれたんだろうに)
人の幸せは、誰かに測れるものではないけれど。
と付け足して、騒がしい雑踏から目を背けた。
〜fin〜