第12章 1月 『解け始めた氷』
「あれから…坊っちゃまは
一坊っちゃまにより一層甘えて
過ごすようになりました。
本当に常に一緒にいて、
一坊っちゃまがいないと泣いて泣いて、
泣き叫んで嫌がっておりました……。」
「そしてその代わりに、
それ以外の人間…旦那様や奥様、私からも
1歩身を引いて、接するようになったのです。
今でこそ、このように気にすることなく
共に過しておりますが、
最初は触れる事も許されませんでした。」
家政婦さんは切なそうに
ため息をついた。
「それ以降は今まで平気だった、
人前に立つ事も苦手になってしまって。
いつも頭痛や吐き気を訴えて、
薬を飲むようになってしまって………。」
「……………そう…。」
「………まさか坊っちゃま、
覚えてなさらないのですか?」
「ううん…………今、全部思い出したよ。
………全部。」
不思議だった。
聞いたことない話だったはずなのに、
家政婦さんの話が鍵となり、
僕の頭に当時の記憶がどんどん蘇ってくる。
思い出すのが少し怖かったのに、
滝のように僕に記憶と感情がなだれ込んできた
…………まるで、
思い出したくなくて、忘れていたものが
一気に押し寄せたみたいだ。
それと同時に、恐怖と他人に対する嫌悪が
僕を包んだ。
………でも。
「……坊っちゃま…。」
「…ありがとう。教えてくれて。」
心配そうにする家政婦さんに
僕は笑いかけた。
時計を見ると、
家政婦さんはもう帰る時間だった。
「………今日は、もう帰って。遅くなっちゃう」
「……ですが、私は……」
「大丈夫。……僕は、あの頃とは違うから。」
そう言うと、家政婦さんは渋々道具を片付けて
僕の家を出ていった。