第12章 1月 『解け始めた氷』
「ただいま。」
「あら坊っちゃま。
今日はお早いお帰りでいらっしゃいましたか」
武川君と別れてから
家政婦さんに聞きたいことがあり、
学校を(自主的に)早退した。
『こらぁー!ー!
勝手に帰るなぁー!』
という、真田先生の叫びが自然と
脳内再生される中、
僕は家で僕のワイシャツに
アイロンをかけている家政婦さんに
声をかけた。
「うん。聞きたいことがあって。
今いいかな。……忙しかった?」
「いえ、構いませんわ。なんなりと。」
家政婦さんはアイロンのスイッチを切り、
リビングの椅子に座った僕の近くに寄ってきた
「……そう。……それじゃあ、」
その時、一瞬だけ、言葉が喉に突っかかり、
何故か息が詰まるほど苦しくなってくる。
「…………っ」
言うな、言うなと頭の中で警戒音が鳴った。
……………なんで?
どうして?
「お紅茶でも入れましょうか。」
家政婦さんはそんな僕に
笑いかけてキッチンに入った。
「それから、お話をお聞きしますわ。」
「………………ん。」
「いかがです?」
「……美味しい。」
「……なによりでございます。」
紅茶を1口飲むと、
アールグレイの香りがふわりと溶けた。
今日はアールグレイティーだ。
街中でもよく見かける銘柄だが、
やはり本場のものはひと味違う。
息も落ち着いてきて、
ゆっくりの深呼吸できた。
「……………ふぅ。」
そしてその香りに誘われるように、
僕は家政婦さんに聞きたかったことを
話し始めた。
「……僕が、研究所に行った時の事、
覚えてる?」
「え……ええ、勿論ですとも。」
「その時の話を教えて欲しくて。」
「………。かしこまりました。」
いつもはおしゃべりな家政婦さんが
一瞬口ごもる。
「どうしたの?」
「………いえ。
坊っちゃまが聞きたい
というのであればお話致します。」
その言葉は何かの覚悟を意味しているようで、
いつもと違う緊張感が、家政婦さんから
感じられた。