第9章 10月『王子様の憂鬱』
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「…あの………ありがとうございました。」
「気にしなくていい。
今日はバイトもバンドもない日だ。」
家まで送ってくれた七瀬先輩を
お礼にお茶でも、とリビングに通した。
「うち、紅茶しかなくて…。
あと、この前
家でガトーショコラを作ったので……
それも良かったら。」
「タダで紅茶とケーキだと…!?
…お前…良い奴だな。」
七瀬先輩にケーキと紅茶を用意して、
僕はそのあいだに濡れた髪は適当に拭いて、
私服に着替えた。
戻ってくると、
七瀬先輩は紅茶とガトーショコラに
手をつけていた。
先輩の口に合うといいな。
「………っくし、」
僕がくしゃみをすると、
ケーキを食べていた先輩の手が止まった。
「………お前、さっきの奴等に
やられたんだろ?」
「…………えっと、はい。」
やられた、というのは
池に落とされた事だろうか。
僕がそう言うと七瀬先輩の
眉間にシワが寄る。
ちょっとだけ、怖い。
「……草薙は、この事知ってるのか。」
「いえ…言ってないです。」
「お前らは仲が良い兄弟だと
学校で有名だろう。何故だ?」
「……別に…言わなくてもいいかなと。
…このくらい…まだ軽い方ですし。」
「…………はぁ?」
七瀬先輩が腑抜けた返事をする。
「………え?だから、別に言わなくても。」
聞こえなかったかな、と言い直そうとすると
七瀬先輩の眉間のシワがさらに深くなった。
「そこじゃない。
軽い方ってどういう事だ?」
「……へ?……ああ、えっと。」
「……………ここ座れ。」
「………はい。」
ケーキを出してから、
ずっと立っていた僕は
七瀬先輩の隣に座らされた。
「全部話せ。今までの事。全部だ。」
「………わ、分かりました……。」
兄さんの何倍も怖い七瀬先輩に
肩をすくめながら
僕は今までの事を全て話した。
(以前の内容を忘れてしまったという方は
22・138ページを読んでから読むと
分かりやすいです。)