第9章 10月『王子様の憂鬱』
「ついたぞ。ほら、手を貸せ。」
バイクはあっという間に僕の家の前につく。
エンジンを切って、
僕が降りるのに手を貸す瞬は優しい。
「……………瞬ってさ。」
「……なんだ?」
「……なんでいつも
僕を送っていってくれるの?」
「……………はぁ?なんだ、急に。」
「なんとなく。」
瞬が僕に優しすぎて、怖いから。
他のB6には乗せるとガソリン代を
請求するのに、僕は1度も言われた事がない。
迎えに来てほしいと頼めば、
瞬はいつでも迎えに来てくれた。
バイトが終わった後でも、
ライブが終わった後でも。
文句一つ言わず、
時間がかかっても来てくれる。
こうやって無償で手を貸してくれるのは
僕だけだ。
それは瞬にとっては
至極有り得ないことのはずなのに。
僕が瞬の手を取ってバイクを降りた。
瞬の手は少し冷たかった。
「………、覚えてるか。
去年の…俺が濡れたお前を
見つけた時の事だ。」
「え?……うーん……あんまり。」
「…………馬鹿。自分の事だぞ。」
瞬が呆れたように言う。
そんな事を言っても、覚えていないものは
覚えてない。
大体、あの時は何もかも急に事が進んだから
記憶があやふやなんだ。
「……………だって、皆凄い怒ってたし。
凄い速さで解決したし。」
「…当たり前だろう。
自分の知っている人がそんな目にあっていたら
腹が立つに決まっている。」
「……そうなの?」
「…………あぁ。」
瞬にその話を出されて、色々思い出した。
悪夢のような毎日が一瞬で終わった日の事が
赤裸々に脳内に蘇った。