第5章 7月『ピアノとBBQ』
「あの、…いや、君は
いつからピアノを?」
「それは、ええっと…3歳からですね。
坊っちゃまは
才能がおありでしたので
すぐに上達したのですよ。」
家政婦さんは何故か自慢げに話す。
スイッチが入ってしまったようで、
俺の返事を待たずにそのまま
喋り続けた。
「ですが、毎年行われる発表会が苦手でして。
上手になればなるほどお客さんは増え、
会場も広くなり、プレッシャーが
坊っちゃまを押しつぶして
しまうようになって………。」
「それで中学の頃、突然レッスンを
やめてしまいまして。
現在は独学で一人で弾くのが
楽しみでございます。」
「あまり感情を出さない
坊っちゃまが
唯一感情を吐き出せる場ですから。」
「坊っちゃまは何かあると
ああやって時々ピアノに向かい合い
創作で思いのまま弾くのですよ。
その音楽は坊っちゃまの
本心を表していると私は思いますわ……。」
目まぐるしく入ってくる情報を
逃さない様に聞き取る。
の創作で弾く音楽は
の心を表している、か。
「……その、今日は暗い曲を
弾いていたんですが……。
それが君の感情って事ですか?」
俺がそう聞くと、家政婦さんは
悲しそうにため息をついた。
「ええ、おそらく。
…昔は明るく楽しい曲が好きだったんです。
……でも、あんな事があってから
暗い曲ばかりを弾くように…。」
「あんな事って?」
「………聖帝の先生なら知ってみえる
でしょう?一坊っちゃまの暴力事件です。」
「……ああ、昨年の夏の……。」
俺は3年を持っていたから
詳しい事は知らないけど、
草薙がサッカー部の後輩に暴力を振って
骨を折ったって事件か。
「坊っちゃまは、
一坊っちゃまが暴力を振るはずはないと、
ずっとおっしゃっているのです。」
「え?でも、被害を受けた生徒がやったのは
草薙…一君だって言ってるんでしょ?
一君も最終的には殴ったと認めたって
聞きましたし…。」